空井係/第2話


『空井係』と命名された、空井本人による空井イジメ計画のリーダー。
 普通ならば、「バカみたい」と笑って済ませば良い。
 できれば、わたしも笑って誤魔化したい。
 いや、自分の業から逃げ切りたい。
 わたしは中学時代にイジメのリーダーというか中核的な存在をやっていたことがある。やっていたことと言えば、今とあまり大差はない。
 精々の違いは、イジメる相手との距離ぐらいなもので、今は観客としての距離で成り行きを眺めているが、中学の時はもっと加害者寄り。
 ターゲットにしていたヤツも、坂本に似たキャラだった。暗くて、地味で、ノリの悪い女子。
 名前は砂先京子といったけど、正直思い出したくない。
 なぜならば、砂先京子(ささき・きょうこ)は既にこの世の人ではない。
 自殺してしまった……のだと思うが、本当に自殺だったのかは定かではない。
 遺書らしい遺書はなかったらしい。ただ、死因が自宅マンションのベランダからの転落死なので、わたしは自殺だったのだと思う。
 もっとも、警察の調査や学校側の発表では事故扱い。
 ゆえに砂先イジメに関与していたメンバーの中でも事故扱い。
 メンバーの中にも砂先京子の死が自殺だったのではと考えた者もいた。けれど、それを言う事はタブーとなった。
 砂先イジメのメンバーは大きく捉えていくと当時のクラス全員とも言えるので、タブーを共有するのでクラスは〝集団〟として砂先京子なしで結束できたのだと、わたしは分析する。
 そういう経緯があってわたしは現クラスの坂本イジメには直接参加せず、安全な位置で観客をしているのだ。
 ところが、いきなりのイジメリーダー就任。
 これは砂先京子の呪いだろうか。
 因果応報という言葉を切に感じた。
 なんでよりによって、空井のバカはわたしの番号を引いてしまったんだ。
 なんでクラスの連中はこんなバカげたことにノリノリなんだ。
 イジメって、やっぱ砂先京子にしていたような仕打ちをやっておけばいいのだろうか。
 いや、でも、クラスの皆には手慣れていると思われたくない。
 幸い、別の中学出身の人には砂先京子の件は知られていない。同じ中学出身の生徒が今の高校にいるがわたしや砂先京子と同じクラスだったのでそいつが話をするわけがない。
 秘密がバレる可能性は無いに等しい。
 正直、砂先京子が死んだ際に遺書が無いと知ったときは安堵の吐息をもらしたし、彼女の死が事故として処理されたと知った時は小躍りさえした。
 わたしは一切の責任を負わなくても良い。
 ずっと隠し通せばわたしの勝ちだ。
 これからも隠し通す。何もしなければいいだけなのだから、何の労力も必要としない。
 ならばクラスでの不穏な行動は避けようではないか。
 空井係?
 馬鹿馬鹿しい。
 そんなものは「いい方法が見つからなかった」とかテキトーな理由をつけて、さらりとなかったことにしてくれる。

   ◆

 そして、翌朝。
「おはよう、基子」
 学校の下駄箱で一緒になったクラスメイトの六条チカの声は楽しそうに弾んでいた。
「おはよう。なんか良いことあったの?」
「だって、今日から空井イジメやるんでしょ。空井が何を企んでるかしらないけど、どうなるのか面白そうじゃん」
 空井係のわたしにとっては大問題なのに。わたしもチカの側に回りたい。
「チカはもう空井になんかしたの? メールとか」
 路頭に迷うわたしは参考意見として訊いてみた。
「したよ。無難にメールで『バカじゃねえの? 死ね』って送っといた。でも、問題はないよね。言いだしっぺは空井だし」
「行動が早いわね」
 関心と呆れを綯い交ぜにした感情を抱く。でも、ある程度思いっきりのあるヤツならば、こんなものかもしれない。
 むしろ、わたしたちは下手な大人よりよっぽど残忍で、よっぽど刺激に飢えている。
 毎日、決まりきったように学校に行って、つまらない授業を受けて、つまらない教師に叱られたり逆らったり……。学校にはトモダチもいるけど、でもその大半は表面的。内心はもっと深く理解して欲しいけど自分の中にまで踏み込まれても大丈夫なほどには信用できるヤツなんていない。
 深いところで繋がれないなら、上っ面の部分でより強固に繋がっていくしかない。
 だから、そのために刺激が欲しい。
 繋がりが上っ面でしかないと理性が言うが、そんな理性は役立たず。理性をズタズタに麻痺させる刺激がなければわたしたちはやっていけない。
 空井イジメは刺激供給として、どこまでの効果を発揮するのだろうか。
 できれば安全地帯から観ていたい。空井係なんて結局はイジメられ役の空井と同じで、みんなの刺激になるための道化ではないか。
 チカとテキトーに昨日観たテレビの話をしながら教室へ移動。
 教室にはもう空井がいた。普段は遅刻ギリギリの際どい時間帯に登校するくせに。
 窓際の席でボンヤリと外の景色を眺めている。
 クラスのみんなはというと、そんな空井にどうしたらいいのか困惑しながら声を掛けられずにいる。
 元々、空井はクラスで浮いた存在だった。派手な髪にピアスという生徒指導対象の筆頭を張れる格好のクセに、生徒指導の先生からは軽く注意されるだけ。
 不可解極まりないが、理由には諸説ある。
 曰く、先生すら絡みにくい。
 曰く、宗教的な理由と言って先生に押し通した。
 曰く、校長の弱みを握っている。
 ……などなど。
 しかし、真実を知る者は空井以外にはいないとされている。ただ、唯一ハッキリしているのは、空井はこの学年の首席入学者であり試験結果で毎回一位の優等生なのだ。しかも、全国模試でも優秀な成績を取っているらしい。
 見た目が問題児でも、中身が優等生だから多めに見てもらえるのかもしれない。
 そんなワケのわからない人間をからかいようも、茶化しようもない。彼本人が半能動的に浮いているのだから、クラスでまとまって排斥なんてやりようもない。
 で、彼をイジメの標的にしようというのは困った話だ。
 教室に入るなり、みんなの視線がわたしに集まる。みんなわたしの様子を無言で伺っている。
 なるほど、みんなが言いたいことはよく分かる。
 読心術のスキルがあったら、こんな声が聞こえてくるのだろう。
『どうやってイジメるんだい、空井係?』
 それを声に出さないのは、声にしたら責任が発生するのをみんな理解しているから。
 なんて理不尽なんだ、チクショー!
 と、そんな風に、その日はクラス中の好奇の視線に晒されながら一日を過ごした。
 とても肩が凝った。
 こんな日が何日も続くと考えると憂鬱な気分になる。
 だけどわたしはみんなの道化になるくらいなら、何も無い平穏な日常を望む。
 でも、わたしには逃げ場がなかった。学校が終われば人間関係を中断できるわけではないのが現代っ子の辛いところ。
 メールというコミュニケーションツールは、時としてわたしたちを呪縛する鎖となる。
 学校ではみんな何も言葉にせず、観客を気取っていたがメールでは雄弁だった。
 ここでクラスメイトから送られてきた励ましのお便りを一部紹介。

『今日は空井になにかしたの? 見たカンジなにもなかったけど』
『しっかりしなよ、空井係』
『どんなことするのか期待してたのになにもなくてガッカリだ。まあ、明日はガンバれよ』
『アタシに良いアイデアあるんだけど、聞いてくれない?(以下、具体的なイジメ方法)』

 だぁぁぁぁッ! こいつらウゼェェッッ! てか、返信メンドくせェッッ!
 サイアクの気分だ。メールなんて発明したヤツは死ね、と本気で思った。
 一件一件、障りない返事をしながら考える。考えるんだ皆川基子。このクソダルい状況から抜け出す方法を!
 歴史物に登場する参謀とか策士もこういう風に自分を追い詰めることによって、後の世に残る奇策を生み出していったに違いない。
 で、わたしが至った結論。
 そもそも諸悪の根源は空井だ。よって、空井が責任を取ればいい。むしろ、責任を取るべきだ。
 なので、空井にメール。
 幸いにして空井のメルアドは黒板に書いてあったのを登録済み。てか、登録しておいて良かった。
『空井係として、みんなにアンタに何かしろと言われて困っています。アンタが巻いたタネなんだからどうにかして!』
 もっと丁寧な言葉にしようとも考えたが、取り繕ってもしょうがない。あの手のバカにはキツく言った方が効果があるに違いない。
 五分後、空井からの返信。
『今、電話してイイ? イイなら番号を教えて』
 メールより、直に話し合いたいとな? いいでしょう。電話でガツンと言ってあげましょう。
 わたしは自分のケータイ番号をメールで送る。
 すると直後にケータイが鳴った。相手は当然、
『もしもし、オレオレ――』
 オレオレ詐欺みたいなノリだが残念、今の正式名称は振り込め詐欺だ。ってツッコミ所はそこではないか。
「空井、ふざけないで。こっちは真剣なの」
 空井の意味不明なテンションに、怒るべきか呆れるべきか迷ったが、呆れてしまうとヤツのペースに巻き込まれそうなので口調に怒りを混ぜておいた。
『ああ、ゴメン。ついクセで』
「クセってなに? 副業でオレオレ詐欺でもやってるの?」
『……皆川さん、今は振り込め詐欺っていうんだよ』
「知ってます! 神妙な口調で言うな!」
 数秒前に心内でいれたツッコミと同じものが、一番言われたくない相手から言われたらキレるほかない。
「で、いきなり本題だけど、今わたしは空井係になったせいで困ってるの」
『ん、イジメの方法で悩んでるの?』
「それもあるけど……。そもそもイジメなんて強制されてするものじゃないでしょ」
『その場の空気に強制されてなんとなく加害者になってました、なんてのはよくあるハナシでしょ』
「そうじゃなくって……。どこの世界にイジメられるヤツが立候補制で決定するなんて話があるの?」
 うむ、我ながら言いたい事を上手くまとめられた。空井もしばらく黙り込み、
『ふむ、一理ある』
「一理っていうか真理よ。アンタって、成績優秀なのにバカなのね」
 頭の良いバカほどタチの悪い奴はいない、とか誰かが言っていたが、空井がまさにそれだろう。
『いやはや、お恥ずかしい。でも、今みたいな調子でいいんじゃないかな』
「なにが?」
『イジメだよ。さっきみたいな調子で、俺を小馬鹿にしたカンジで接していけば立派なイジメになるんじゃないかな』
 これは、彼なりのアドバイスなのかな。
「問題はそういうことではなくって、わたしはイジメなんてしたくないんだけど」
『でも、クラスで坂本さんをイジメてたのを止めなかったじゃん。俺は見てるだけのヤツも共犯だと思うよ』
 軽い調子で言うが、内容は重い。けれど、言われっぱなしも癪だ。
「だったらアンタはどうなのよ? アンタは坂本を助けたの? 助けてないじゃない。自分を棚に上げてわたしを批判しないでよ」
 彼だって、坂本を助けたわけではない。そもそも、イジメに合っている人間を助けるのは不可能だ。一人に対して大人数で囲っているのだから、イジメられている一人を助けにいったら自分もとばっちりを受けるのが堰の山。誰だって自分が一番可愛いのだ。誰が火中の栗を拾うものか。
 ところが空井は淀みなく返してくる。
『じゃあ、今日の坂本さんはどんな感じだったかな?』
「は?」
『俺が見てた限りでは、今日は坂本さんに手を出してるヤツはいなかったな』
「そ、それは……」
 確かに今日は坂本に手を出そうなんてヤツはいなかった。
 なぜならば――。
『なにしろ、今日は空井係の皆川さんがなにをするのかみんなワクワクしてて、ぶっちゃけ坂本さんなんてどうでもよかっただろうからね』
「じゃ、じゃあアンタが自分からイジメられ役になるっていったのって……」
 わたしの考えが正しいならば、空井に対する認識を改めなければならない。こいつってバカに見えてバカではないのか。
『俺の声は、鶴の一声ではないから、例えば『イジメ駄目』なんてありふれた言葉でクラス中のバカ騒ぎを止めるのはできないんだ。でもね、坂本さんイジメより刺激的なイベントを企画するくらいならできるんだよ。例えば担任にテキトーな理由をつけて授業時間を貸してもらって、イジメられ役を俺にして、ついでにクジでそのリーダーを決めちゃうなんてバカバカしくて素敵だろ』
 空井の声は底冷えするほどに流暢だ。
 わたしの直感が叫ぶ。こいつは敵に回してはならないと。
 こいつの意味不明な言動の裏には、捻じ曲がっているのに、それでいて真っ直ぐな理由があるのだ。
 でも――。
「でも、わたしは弱いから。イジメは安全なところから見ていたい。死んだら死んだヤツが悪いとしか思えないし、そうとしか思いたくない。加害者になって自分を責めるなんて絶対に嫌だ。だから、中心人物になんかやりたくないの」
 本音を告げた。
 わたしの過去は伏せたが、告げた内容にウソはない。
 約三十秒。
 空井からの反応がなかった。電話の向こうで、彼の怜悧な頭脳は何を思案しているのだろうか。
 やがて、彼は言う。

『ふーん、そうなんだ……』

 感情が一切篭っていない言い方。
 思考の怪物はわたしにどのような要求をしてくるのか息を飲んだ。
 が、彼は先程までの軽い口調に戻って、
『でもまあ、皆川さんのしてるような心配はないよ。なにしろ、俺はイジメ如きで死ぬ気はないから。むしろ、俺に何もしないと皆川さんの身が危ないんじゃない? クラスのみんなは皆川さんに空井係としての仕事を期待しているわけだよ。にも関わらず何もしなかった君は空気を読まなかった人間としてクラスから制裁を受けると思うんだ』
 わたしが心配していた可能性を空井はさらりと言ってのける。
「そ、そうよ。わたしだってアンタのせいでイジメられる可能性があるじゃない。助けてよ」
 空井がイジメを憎む人種なら、そこに漬け込めばいい。考えてみれば簡単な結論じゃないか。
 けれど、空井はあっけらかんと、
「うん、だから助けるよ。だからさあ、無難に教科書隠しからやってみなよ」
 振り出しに戻る結論だったが、空井がそういうならば、もう手段は選んでいられない。
 言い出したのは空井。
 わたしに非は無い。
 悪いのは全て空井。
 仮にわたしがしたことが空井に不利益な結果をもたらしたのならば、それは空井の自業自得。
 イジメられているヤツを助けるなんて、勘違いな正義感を行使した結果なのだ。

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