空井係/第4話


 空井係就任二週間目。
 空井はイジメられる以前より、出席率が良かった。
 理由はわからない。
 単に今までサボリ過ぎて出席数が危ないのか、はたまたイジメられ役になると言い出した責任を取っているつもりなのか、あるいはただのドMか。
 今日も今日とて、空井はみんなから無視を始めとする嫌がらせを受けている。
 教科書が無かったり、スリッパがなかったり、教室の備品が破損した犯人に仕立て上げられたりと、みんなやりたい放題。
 もう、空井係なしでもいいのだ。
 ものごとは、最初に動かすのが大変で、動き出せばあとは案外簡単に動き続ける。
 その日は朝から一線を退いて、観客側に回ろうと考えていた。
「おはよう」
 わたしは玄関で会ったクラスメイトに挨拶をした。
 普段は愛想良く接してくれるヤツだったのだけど、
「お、おはよう」
 どこかぎこちなかった。
 教室にいっても。みんながチラチラとわたしを見ている。
 距離をとって観察、というカンジで気味が悪い。
 空井も教室にいたがケータイにイヤホンを差し、なにやら聴いている。
 そういえば、空井が学校でケータイをいじっているのなんて初めて見た気がする。
 対処に困る空気の中、ケータイがバイブ。相手はクラスメイトのチカ。
 ……ちなみにチカは教室にいた。
 周りくどいマネだが、何があった?
 とりあえず、内容を確認。
『これ、アンタのこと?』
 と書かれた本文と添付ファイル。
 添付ファイルは音声ファイルでわたしは鞄からケータイ用のイヤホンを取り出して、中身を聴いた。

『ササキです。わたしは今から死のうと思います。わたしはミナガワさんを恨みます。死んでも恨みます。許せません。また会いましょう』

 絶句するしかなかった。
 悪ふざけにしては度が過ぎているササキと名乗る女の子の声。
 声の主はミナガワなる人物を恨むという。
 ――砂先京子だ。
 砂先京子の呪い。
 そんな馬鹿な、と考えないように努めたが駄目だ。
 抑え付ければ抑えるほどに、彼女のことがわたしの中で爆発的に増殖していく。
 容姿も、あの当時のクラスのことも。彼女の声も。
 送られてきた音声と、記憶の中の砂先京子の声が一致してしまう。
 記憶違いだと自分を安心させようとするが無理。自分を騙しきれない。
 じゃあ、死んだはずの人間があの世から声を送ったというのか?
 それこそ無理だ。
 なら、チカはどこでこのファイルを手に入れた?
『これ、どこで手に入れたの?』
 メールで訊いた。
『昨日の夜に送られてきた。送信元は知らないアドレス。他にもクラスに送られた奴がいるみたいだよ。ってか、この女が言うミナガワってアンタ?』
 多分、わたしを指しているが、
『さあ、わたし砂先なんて人知らないし』
 チカに対する隠匿と、砂先がメールできるわけないんだと信じるためにそう答えた。
 しかし、一つはっきりした。クラスの雰囲気がいつもと違う原因は、クラスの連中にチカ同様に音声ファイルが送られて、みんなしてどういうことなのか戸惑っているのだ。
 わたしに対する態度が変なのは、ミナガワの名前のせいか。
 マズイ。このことから砂先京子の件がバレかねない。人殺しの烙印が押されかねない。
 どうすればいい?
 空井係から退くとか、そんな話どころではなくなってきた。
 あれこれ思案しているうちに担任がやって来てしまった。
 万が一にでも、音声ファイルの存在が教師にバレたらよりメンドウになる。
 幸いにもうちの担任にはクラスからの人望がないせいか、誰も相談しないとは思うが……。
「今日は空井は休みか? せっかく、最近ちゃんと出てきていたのに勿体無い」
 ボヤく担任。
 確かに教室に空井がいない。
 さっきまでちゃんといたのに、どこに行った?

   ◆
 その日の午前の授業に空井は現れなかった。
 そして……。
 午後の授業。
 五限目は数学のはずだったのだが……。
 教卓の前に立っているのは空井楽人。
 前にも似たような光景を見た。ちなみにそのときは空井イジメ計画の発足が行われた。
 じゃあ、今日は彼はなにをする?
 でしゃばる空井にクラスからのブーイングの嵐。
 空井はたじろがず、神妙な顔つき。
 たった一人の人間の空気に圧されて、やがて教室は静かになった。
「いきなりだが、みんなにこれを聞いて欲しい」
 ケータイを取り出し、みんなの方へ向ける空井。
 ケータイからは、この世の全てに絶望したような声。

『ササキです。わたしは今から死のうと思います。わたしはミナガワさんを恨みます。死んでも恨みます。許せません。また会いましょう』

 不気味ではあるが、クラスの連中には新鮮味が足りないようで、大したリアクションはない。
 多分、クラスの相当数が送信されているのだろう。
「これは昨日の夜に俺のケータイに送られてきたものだ」
 空井にも送られていたのか。ひょっとして、朝にケータイで聞いていたのはこれか。
 空井の言葉に反応して、自分も送られてきたと名乗り出る奴がクラスに多数いた。送られていないのはわたしを含めても十人に満たない。
「なるほど、俺のほかにもいたとはね。まあ、そのことは追々考えていこう。今回の話は誰が何の為に送ったかとは少し違う。音声の中に出てきた〝ササキ〟という人と〝ミナガワ〟という人についてだ」
 嫌な予感に悪寒が走った。
 空井が鋭い目付きでわたしを睨みつけている。
「皆川さん、アナタは人殺しだ」
 糾弾の言葉は簡潔にわたしの胸を貫いた。
 唐突な空井の言い様にみんながざわめく。沈黙したのはわたしだけ。
「今日半日を使って調べさせてもらったよ。アナタが中学時代にやっていたことを」
「な、なにをよ……」
 冷静になろう。慌てては駄目だ。
 半日で調べるなんていくら空井が非常識人間でも無理がある。
 きっと、トンチンカンな話をし始めるに違いない。
「中学三年生のときにアナタはクラスの砂先京子というコをイジめていた。そして、そのコはイジメを苦に自殺した。もっとも警察の発表は事故扱いだけど、こんな音声ファイルが存在しているからには、誰かが砂先京子の死は皆川基子によるイジメを苦にした自殺だったと告発しているんだろうね。これは彼女の隠されたか無かったことにされた遺書と考えるのが妥当かな」
 誰が……。
 誰がバラしやがった。
 今になって隠された遺書だと?
 あのクソ女はどこまでネクラだっていうんだ。
「俺は砂先さんとは赤の他人だ。皆川さんが人殺しだってのにはあえて責めたりはしないよ。でもね、皆川さんを俺イジメのリーダーにしてしまったのは大きな間違いだったと思う。皆川さんが空井係になったのは単なる偶然。けれど、空井係として俺イジメを決行したのは彼女の選択。俺がボロボロになるのは構わない。けれど、俺はクラスの仲間たちを人殺しの共犯者にはしたくはないんだ。だから、俺は皆川さんの罪をこの場で告発する」
 クソ、こいつはどこの小説の名探偵だ。格好付けてるんじゃねえよ。
 とはいえ、どうにか弁解せねばわたしが悪者にされてしまう。
 チカが一歩前に出てくる。
「じゃあ基子、このメールに書いてあるのはウソだったのね」
 チカは今日の朝に送ったメールをケータイに表示させた。

『さあ、わたし砂先なんて人知らないし』

「わたしは……」
 どうする?
 正直に話すか?
 いや、まだだ。
 場の空気が空井に有利に傾いているが、高々空井が主張がセンセーショナルで、刺激的だからみんなが支持したがっているだけに過ぎない。
 だったら、空気を覆していけばいいのだ。
「わたしは、知らない」
 必死のウソ。
 空井は淡々と黒板に文字を書く。

 ――砂先――

「さあ、これはなんと読む?」
 教室の人間に対する問いかけ。
 一人が、
「スナサキ、かな」
 と答える。
 その瞬間わたしは自分の犯した致命的な過ちに気づいた。
「いや、これは『ササキ』だよ。皆川さんの殺した砂先さんは、こんな字を書く。ちょっと変わった苗字だよね。普通、ササキといったらこんな字を書く」

 ――佐々木――

 みんな、異論はないようでただ頷く。
「これを踏まえて見てほしいのは皆川さんがチカさんに送ったメールだ。何故か皆川さんは知らない人間であるササキさんの名前を、ちゃんとメジャーじゃない砂先に変換している」
 ああああああああ。
「悪事は隠せないものだね、皆川さん」
 終わった。
 これはわたしに殺された砂先京子の呪いなのか?

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