カムカム・スターダスト/第1話

~大敗北~


 戦局は絶望的だった。
 俺の残存ヒットポインは残り四割を切っている。表示されるHPバーは既に黄色へと変化していた。
 なのに、対戦相手のヒットポイントは微塵も消耗していない。表示されているバーは完全無欠の緑色。
 このままでは、相手の完全試合を許すことになってしまう。
 そんなことになれば、俺にとっての恥であり、黄金戦鬼(オーラオーガ)の名を今以上に失墜させることになりかねん。
「お祈りの時間です」
 対戦相手――星辰の騎士(アストライア)は、気取ったセリフを吐きやがる。凛とした女性の声なのが、余計に癪に障る。
 けれど、彼女の実力は本物だ。
 一瞥しただけでは、非力さしかにじみ出てこない細腕が握る、これまた豪力とは無縁のレイピア。
 なのに、その二つの組み合わせから放たれるのは、優雅にすぎる彼女の剣技。
 刃の鋒が空気をも貫き、俺の鼓膜を鋭い風切り音が猛襲。
 俺は装備した大剣を構え、防御姿勢を取るが、無数に放たれる刺突の嵐は完全には防ぎきれない。
 一つ一つの威力が小ダメージであっても、大量に蓄積すれば致命傷になりかねない。
「で、出た! 星辰の騎士の必殺技【五月雨撃ち】!」
「これで彼女の百勝目は決定だな」
「押せ押せ、星辰の騎士! そんな下品な金ピカ野郎、ぶちのめせ!」
 闘技場の中央で相対する俺たちに向かって、観客席から歓声が波濤となって湧き上がる。
 実に短絡的な連中だ。確か、この試合に勝てば、星辰の騎士は本闘技場で前人未到の百連覇を達成する。
 その瞬間に立会いという気持ちはわからんでもない。
 だからといって、俺を悪役のように扱うのは不平等も甚だし。観客はもっと平等に声援を送るべきだ。
 あと、俺を『下品な金ピカ野郎』と言った奴は、どんな手を使ってでも見つけ出してやる。個人的な制裁を加えないと腹の虫が収まらない。
 けれど、そんな怒りは次の瞬間、すっかり吹き飛んでしまう。
 俺は攻撃を繰り出す星辰の騎士の瞳を見てしまった。
 彼女の顔の上半分は、まるで仮面舞踏会で使うような瀟洒な装飾の施されたマスクで隠れている。
 そのマスクの隙間からちらりと伺える目が、尋常なものではなかった。
 まるで無機質にプログラムを実行する機械のような、そんな冷たさを宿していた。
 俺は星辰の騎士にビビるほかない。
 その瞬間、俺は自分でもわかるくらいに腰が引けていた。
 それは相手にも伝播したらしく、星辰の騎士の剣筋がわずかに変化。連撃は一瞬だけ、まるで台風の目のような静けさを見せる。
 しかし、それは次なる嵐の前の静けさにすぎない。
「その悲しみを――」
 レイピアを腰だめに構える星辰の騎士。
 俺は死を覚悟した。
「――空に帰しなさい!」
 次の刹那、星辰の騎士のレイピアは一条の閃光となって放たれる。
 大剣の刀身を盾代わりにして弾丸と化した鋒を防ぐが、勢いまでは殺しきれない。
 衝撃により、俺は後方に吹き飛ばされる。
 ドーンッ!
 闘技場の壁にしたたかに背中を打ち付けた衝撃は、そのまま物理ダメージへと変換される。
 みるみるうちに減っていく俺のHPバー。
 あー、これは死んだな、俺。
 ……いやまあ、ここはバーチャルリアリティであって、実際に死が訪れるわけではない。でも、これからは電脳空間を渡り歩けば負け犬として後ろ指を刺されるに違いない。
 畜生……このクソアマだけは絶対に許さねえ……!
 俺は試合終了のコールが鳴り響くのを覚悟した。
 ところがだ、奇跡は存外起きうるものらしい。
 HPバーがほんの少しだけ、量にして髪の毛ほど残っていたのだ。
 生きているって素晴らしい! ……と言いたいが、圧倒的な戦力差を誇る相手に残りカス程度のHPがあったとて何になるのだろうか。
 この状況をひっくり返せるような逆転の一手など……。
 俺は諦めかけるが、そんな自分に喝を入れる。
 諦めたらそこで試合終了だよ――という言葉は、数十年も昔である二十世紀のマンガのセリフらしい。原典を読んだことがないが、ネットのスラングというか定型句として今なお使われている。
 どんなキャラが言ったか知らないが、ここは自分を叱咤するのに有効利用させてもらおう。
 星辰の騎士もトドメが差しきれていないことに気づいたらしく、レイピアを構えたまま、一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。
 その様子は騎士というより死神だ。
「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」
 俺は苦し紛れに相手の静止を試みる。
 騎士が装備している銀のプレートアーマーに、俺の情けない姿が反射していた。
「なんです? 命乞いとは情けない」
 星辰の騎士は、憮然とした態度で口をへの字に歪める。
 そして、鋒を俺に向けてレイピアを振り上げる。
 そんな中で、俺はとんでもないことを口にしていた。
「こ、この勝負には俺の家族の命がかかってるんだ!」
 ――と。
 俺の言葉に、闘技場にいた人間の時間が止まった。
 観客のみならず星辰の騎士も。更には言いだしっぺの俺さえも、自分が口にしたことの意味を理解できていなかった。
 苦し紛れの嘘とはいえ、我ながら意味不明である。
 けれど、星辰の騎士は聞き耳をちょっとは持ってくれそうな雰囲気。
 俺は悪知恵を振り絞り、次の言葉を繕い始める。
「俺には、年老いた父母がいて、二人共、大病を患っている。俺はこの試合に自分の有り金を賭けているんだ! そして、試合に勝ったら、賭けで得た金で、父母に海外で先進的な治療を受けさせたい! だから、俺は負けるわけにはいかないんだ!」
 自分の舌が、まるで自分のものではないかのように、滑らかに回っていく。
 ちなみに実際のところ俺の父母は大病なんて患っていない。それどころか、子どもを合わせて八人の家族を、カツカツながらも切り盛りする程度には元気である。
 なんか俺、人としての道を踏み外そうとしているような……いやいや、勝負の世界は非常である。どんな手を使おうと、勝てばよかろうッ!
 それから俺は切々と、これまでの境遇を偽造する。やれ、妹が借金のカタで悪徳金融業者に奪われたとか、家は謎の放火犯に焼かれて橋の下での暮らしているとか。
 普通の判断力を持っていたならば、こんな話は絶対に怪しいと思うだろう。少なくとも、俺なら信じない。
 ところがである。
 星辰の騎士は言うんだ。
「そうだったのですか……アナタの事情は痛いほどわかりました。大変な人生だったのですね」
 マスクに隠れて彼女の表情の全ては窺い知れない。でも、震える声から察するにガチで信じ込んでいるらしい。
 俺の人生にチャンス到来!
 こうなったら容赦なんてしない! する理由がない!
「逃さなーい♪」
 俺は大剣を固く握ると、勢い任せにブン回す。
 大剣は重量がある分、命中すれば相手のヒットポイントを劇的に削ることができる。俺の奇襲を防ぎきれない星辰の騎士は、みるみるうちに追い詰められていく。
 緑色だったHPバーは、青へ、黄色へと変化していく。
 星辰の騎士は動揺している!
 いける!
「まあ、踊ってけって!」
 連撃の最後に、剣で騎士を横一閃。今度は、真横に吹き飛ばされた星辰の騎士が、闘技場の壁にぶつかる番だった。
 攻撃と壁への衝突により、ついには星辰の騎士のHPバーは赤色へと変化。
 俺は大声を出して笑っていた。笑わずにはいられなかった。
「バーカ! バーカ! 全部嘘に決まってるだろうが! 病気の親? 何それ、どこの世界の話だよ! 死ね、俺の金のために!」
 俺はこれまで受けた屈辱を晴らすべく、ありったけの罵声を浴びせる。
 ただし、観客席から、俺に向かってブーイングが飛び交う。
「卑怯だぞ、テメエ!」
「恥を知れ、恥を!」
「金のためってなんだ! まさかお前、こんなところで売名するつもりか!」
 うるさい連中だ。ここは真剣勝負の場なんだ。油断した方が悪いに決まってるじゃないか。
 だから、俺は観客席にいるハエどもに向かって、中指を立ててみせた。
「拝金主義上等! この女は俺が仕留める!」
 一瞬でも信じた相手が豹変する。これは星辰の騎士のメンタルに、相当なダメージになるはず。
 恐慌状態に陥った星辰の騎士を、着実に刈り取る。これでなくてはならんよ!
 俺は口元を歪めながら、ターゲットを見定める。
 俺の予想では、星辰の騎士は怯え震えているはずだった。
 なのに、現実は全く違った。
 星辰の騎士からは、剣呑なオーラが放たれていた。
 寄らば殺される――本能的に察知した俺は思わず身震いした。
「貴様のような下衆は、ただのKOでは生ぬるい……。消えるがいい、金の亡者」
 魔に属するならば、あらゆるものを祓えそうなまでの星辰の騎士の声。
 俺はビビリながらも、ナメられてたまるかという一心で言い返す。
「金の亡者で何が悪い! 金を馬鹿にする奴は、一円に泣け、一ドルに嘆けッッッ!!!」
 俺は、星辰の騎士を再び横一閃に討ち取ろうと、渾身の一撃を試みる。
 対する星辰の騎士は壁際に位置している。つまり彼女に退路はなく、左右のどちらかしか逃げ場はないが、それでは横に振り払われた剣からは逃げようがない。更に、剣撃の軌道は低めを狙っているから、しゃがんで回避することも不可能!
「ならば、こうするまで!」
 逃げ場を失った星辰の騎士は高々と跳躍する。
 前後、左右、下方を封じられたら、残るは上方しかないのは当然の反応。
 星辰の騎士は、人間離れした脚力で、まるでロケットのごとく天井に向かって閃く。高さたるや、天井に激突しかねないほどだ。バーチャルリアリティ内の闘技場では、こうした人間離れした身体能力も発揮できる。
 けれど、発揮できるは人間の動きを強化・拡張したものだけ。高々と宙を跳べても、悠々と空を飛べるわけではない!
 ならば、相手の落下起動を先読みすれば、無防備になったところを撃墜するのは簡単なことだ。
 俺はここまで計算して、剣を横に薙いだのだ。
 俺は舌なめずりをしながら、天へと舞った星辰の騎士の軌道を追う。
 ところが――。
「星よ、照らせ!」
 星辰の騎士が叫んだ瞬間、俺の目が眩む。
 騎士の動きばかりに注意を払っていた俺は、煌々と天井で輝く屋内照明の光を直視してしまったのだ。
 けれど、視界が不十分でも問題はない。
 すでに星辰の騎士の跳躍の軌道は読み切っている。
 あとは、等加速度運動による自由落下に合わせて、剣を振るえばチェックメイト!
 ……のはずだった。
「これで、さよならです!」
 騎士の宣言は、高らかかつ厳かに反響する。
 眩む目が、捉えたのは軌道計算を上回る速度で俺へと突き刺さる騎士の影。
「そんな馬鹿な! ま、まさか……!」
 間抜けた絶叫を上げては見たものの、気づいたときには後の祭り。
 こいつ……天井を蹴って、加速しやがった!
 天井を蹴って生まれる初速と自由落下による加速。この二つから導き出される結論なんて、一つしかありえない。
 終わったな……俺。
 俺の胸は、星辰の騎士のレイピアに盛大に貫かれる。
 電脳空間における痛みは、多少は緩和される設定のはずのなのに、トラウマになるような痛みが俺を蹂躙。
「試合終了! 勝者・星辰の騎士!」
 叫ぶ審判の声を、俺は半ば放心した状態で聞くハメになった。

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