カムカム・スターダスト/第2話

~二人の来訪者~


 季節はもうすっかり夏本番。七月も上旬を終えて、中旬に差し掛かっていた。
 そうなると、学校中の連中が夏休みの予定などで浮き足立つのだから目も当てられない。
 夏休みなんて、家での課題という負債を背負わされるだけ。
 友達と作る笑顔の思い出とか、恋人と一緒に過ごす甘い時間なんて俺とは無縁の話だ。人間関係が膨らめば交際費がかかる。無駄な出費など唾棄すべき。
 そんなわけで、俺は今日も今日とて教室の隅の我が席で、寝たふりをして休み時間を過ごす。
 休み時間に語らう友達? いないよ、そんなの。おしゃべりをしても一円の得にならないからな。
「おい、灰里! 灰里公太(はいさとこうた)! 起きてくれねえかなあ。ちょっと話したいことがあるんだよ」
 俺の名前が呼ばれているので、ここは熟睡しているフリをして無視したいところだ。けれど、声の主の性格上、放置するれば去ってくれるとは考え難い。
「なに?」
 俺は、傍目からもわかるように怒気を含ませていった。さも、安眠妨害に抗議している風を装って。
「お、やっと起きた! そうこなくっちゃな。でさ、いきなりだけど夏休みに暇な日ってある?」
 目の前のクラスメイト・苦川縁(くがわえにし)は俺の反応に対して嬉々としている。健康的な肌色に、人を熱中症にさせそうな力強い眼光。一緒にいるだけで暑苦しいというか熱苦しい。
「暇などない。夏休みは金稼ぎで忙しい」
 と言いつつも本当のところ暇だらけである。
 夏休みはバイトをするのもありかと考えてはいる。けれど、仮にバイトをしたとして全く時間に余裕がなくなるかといえば嘘になる。
「そうか、じゃあ頑張って時間を作れ。時間は見つけるものじゃない、作るものだ。だから、俺と遊ぼう!」
 苦川は理論を空中で三回転捻りさせて来やがった。
 迂遠な言い回しでは、俺の本当の気持ちは理解してもらえそうにない。
 だから俺はきっぱりと言うのだ。
「いやだ、面倒臭い。お断りだ。他をあたってくれ」
 悪質な勧誘には断固としてノーと言う。これは、不埒な輩から自分の財産を守る第一法則である。
「だが――お断りをお断りだ! いいか、灰里。俺たちはこの二十一世紀末という時代に、極めて珍しい学園生活というものを送っているのだ。一般的なティーンエイジャーには、一学期や二学期という概念はない。しかるに夏休みという区切りもないんだ。だけど、俺たちには夏休みがある。夏休みがあれば夢があり、希望がある。俺たちの夏はこれからだ!」
 クソッ。こいつも夏休みの魔に魅入られた一人であったか。この俗物め。
「夢など見るな、現実を見ろ。夏休みにトキメキイベントがある奴は、事前の段階で仕込みを済ませているものだ。俺はそんな労力を要したくない。俺は灰色の夏休みで一向に構わん」
 下手に一学期と二学期を分断させるからこういう輩が構内に跋扈するのだ。
 うちの学校、私立桑楡(そうゆ)高校は時代錯誤も甚だしい学習形態をとっている。毎日のように直接学校に通い、学校で授業を受ける。
 それは二十一世紀前半までは主流だった方式らしいが、そんなものは過去の遺物となりつつある。
 高度にネットが発達した現代社会においては通学なんて手間がかかるだけの苦行である。生徒の下に学習用の教材を送れば勉強面ではこと足る。更には電脳空間上にあるバーチャルリアリティを使えば、家から出ることなく、離れたところにいる他者とも交流可能。
 学校という場が持つ価値は、価格割れを起こしている。
 にもかかわらず、桑楡高校みたいな奇異な施設があるのは、いわゆる社会福祉政策の一環である。
 社会の発達には、常に負の面がつきものだ。高度な情報化技術は同時に、情報格差(デジタル・ディバイド)も引き起こした。
 桑楡高校は、情報格差の被害者とも言える若者たちに支援と教育を施すことを目的として産官学が協力して創設された。
 もっとも、どうしてわざわざ学校などをいう前世紀の遺物を復元させたのかは謎だ。きっと、そこは各省庁の官僚や関係する企業の思惑が交錯しているのだろう。
 大人たちが回りくどい社会支援をしたせいで、夏休みの亡者を生むに至っている。嘆かわしい話だ。
「どうも灰里とは価値観が合わないな。わかったよ、夏休みの件について、ひとまず話を置こう」
 ようやく苦川が折れたところで、俺は再び机に突っ伏そうとした。
 けれど、彼は話を続ける。
「ところでさ、お前は黄金戦鬼(オーラ・オーガ)って知ってる?」
 苦川が出した単語に、俺はビクンと過剰に反応した。
「な、なんだよ藪から棒に……」
 教室内はエアコンが十分に効いているのに俺は背中にじっとりと汗をかいていた。
「もしかして、黄金戦鬼の存在自体を知らない? いいか、黄金戦鬼ってのは、いま巷で悪評を轟かせているアバターだ。昨日、SNS内のある闘技場エリアで卑怯な騙し討ちを行なったとして批判の的になっている」
「エ、エス・エヌ・エスとは、そうするにエス・エヌ・エスのことでしょうか?」
 豪快にキョドるしかない俺。
「そうだな、正式名称Self Number Space――固有番号空間のことだ。つまりはバーチャルリアリティとほぼ同義で使われている概念というか情報技術だな。って、顔が真っ青だけどどうしたよ?」
「い、いや、なんでもない。話を続けて」
 それまでの苦川への悪態はどこへやら。俺にはすっかり傾聴の姿勢が出来上がっていた。
「詳しい事情はよくわからないけど、黄金戦鬼のことでお前に話を聞きたいって奴がいるんだよ。そいつは俺の知り合いというか友達というか……そういう生徒の更に友達なわけ。まあ、いわゆる友達の友達って奴だな。友達の話を広げる意味でも、お前への仲介したいわけなんだけど、そいつに会ってくれないかなあ?」
 苦川の説明は、しかし、漂白されつつある俺の脳内にはきちんと入ってこない。
「りょ、了解であります! ぜひ、その人に会わせていただくであります! ただし、リアルで、しかも内々に話が出来る場所がいいな」
 半ば混乱しながら、俺は直立不動で敬礼してみせた。
「オーケー。だったら図書館の談話室辺りが妥当かな。それにしても……何お前、実は黄金戦鬼の知り合いか何か? ああいう勝利のためなら手段を選ばない手合いと関わると、それこそお前の嫌いな面倒事に巻き込まれるぞ。気をつけろよ」
 さらりとアドバイスしてくる苦川だが、彼の言葉は若干ながら的を外している。
 俺は黄金戦鬼と知り合いなわけではない。
 むしろ……俺自身が黄金戦鬼の正体なのだ。

   ◆

 黄金戦鬼は、俺がSNSにて活動するためのアバターである。
 アバターとは、電子上の仮想空間たるSNSで活動するための仮の自分のことだ。
 基本的なコンセプトはゴージャスな豪傑。金の甲冑に身を包み、顔にはフルフェイス状のマスク。俺としては、その目が眩まんばかりの出で立ちで、他を圧倒するつもりだった。
 ところが、いざSNSで活動していみると『下品な金ピカ野郎』『間違った変身ヒーロー』『恋人にしたくないアバター』など散々な評価だ。
 おかげで、俺は自らが黄金戦鬼の招待であるのをリアルで隠すハメになった。
 にもかかわらず、俺に黄金戦鬼について聞きたいという輩が現れた。
 これは由々しき問題である。
 ただでさえ、黄金戦鬼は昨日の星辰の騎士との戦いのせいで評判を失墜させている。
 もしも、俺こそが黄金戦鬼でバレたのならば、リアルでも冷たい視線にさらされかねない。
 これはあってはならんことだよ、いやマジで。
 苦川から話を聞いた放課後、俺と話に話を聞きたいという人物を図書館の談話室で待っていた。
 紙媒体の本が置かれている図書館というのは、書籍の電子化が急激に進んだ昨今ではかなり珍しい。その珍しさから、我が校の図書館はちょっとした名物スポットになっている。
 しばらく待っていると、談話室の扉がノックされ……ない。俺への配慮なんてなしに、勢いよく開け放たれる。
「はじめまして! 私の名は麻耶魅影。そしてこちらが私の友人の月暈満月だ。二人共、二年B組の生徒だ。以後お見知りおきを」
 俺の目の前に現れたのは二人の人物。
 麻耶魅影と名乗った女子生徒は、何が楽しいのか目を星のように輝かせていた。無駄に明るい性格をしていそうだ。俺とはきっと気が合わないに違いない。
 一方で麻耶に紹介された月暈という人物は……そもそも性別が判然としない。見た目は女子っぽいのだが来ているのは学ランだ。更に言えば、月暈は髪の色素が極端に薄く、目は血の赤さ。いわゆるアルビノという奴なのだろう。そのせいで、ますますもって浮世離れした印象をまとっている。
 異世界人の襲撃を受けた気分だ。
 こんな連中が黄金戦鬼の正体がバレたら、本当に厄介なことになりそうだ。
 ここは上手くごまかさねばならんな。
 とか思っていると……。
「では、本日の議題だ。黄金戦鬼の正体、それは灰里公太――君だ!」
 麻耶の言葉は質問ではなかった。断定だった。
 あまりにテンション高く宣告してきたので、俺はうっかりと自供しそうになる。
 しかし、俺とてそこまでお人好しではない。
「一体、何を言っているんです? そんな証拠がどこに?」
 言い分としては、追い詰められた犯人がよく口にするセリフ。けれど、俺のコミュニケーション能力ではこれが精一杯。
「ふふふ、君は調べによると我々と同じ二年生。よって、タメ口でも一向に構わんよ!」
 麻耶は豪放磊落に微笑む。それが逆に不気味だ。
「わかったよ。んじゃ、これからはそうするよ。んで、おたくらは何を根拠に俺を黄金戦鬼と決め付けているわけ?」
 俺は不機嫌な態度を隠すこともなく、二人に聞き返す。
「証拠はこれだよ」
 そう言って、月暈は手のひら大のネットワーク端末【HERMES】を俺に提示してきた。
【HERMES】とは、人がバーチャルリアリティたるSNSに意識を接続する際に必要なツールである。二十一世紀前半に普及したスマートフォンのような形状をしている。しかし、扱える情報量はスマートフォンの比ではない超膨大なものだ。
【HERMES】は、SNSに意識を接続するだけにとどまらず、現実世界で用いるツールとしても成立する。
 現在、月暈の【HERMES】は、空中にA4サイズほどのディスプレイを投影している。
 ディスプレイに記載されたデータに俺は度肝を抜いた。
 それは、件の闘技場の参加記録だった。ただの参加記録ではない。アバターは自分から明かさない限り、リアルでの正体が明らかになることはない。
 個人情報保護はネットセキュリティの基本中の基本だ。おいそれとリアルの情報が漏れていては安心してSNSで活動できなくなる。
 にもかかわらず、闘技場の参加記録からはサーバなどを経由して、俺の正体が明らかにされていた。
「おいおい……これはどういう手品だよ?」
 冷や汗を流しながら、目の前の二人に聞くしかない。
「いわゆる、不正トレースという奴だな。満月の知り合いに、闘技場……というか、闘技場のある公共空間に深く関わっているものがいてね。そのツテで調べてもらったのだよ」
 麻耶はしれっと言うが、俺は白目を剥くしかない。
「お、お前たちの目的は何だ? 俺を脅して何の特になる? か、金か? 認めんぞ、そんなこと! 俺はお前たちにはビタ一文払わんからな!」
 相手への恐怖は、興奮へとコンバートされる。
「私はそんなつまらんものは要求しないよ。そうだな。君はどうやら自らが黄金戦鬼であるのを隠したがっているとお見受けする。ならば、そのための取引として、今日の午後九時にSNSの一般公開空間である『星空日記』という場所まで来てくれたまえ。『星空日記』の公開鍵はこちらだ」
 麻耶は言うと彼女の【HERMES】を操作。次の瞬間、俺に電子メールの着信。言わずもがな麻耶からだった。
「それでは、私からの話は以上だ。こんなところまでご足労願ってすまなかったね」
 麻耶と月暈は立ち上がると、早々に談話室を去っていく。
 麻耶は部屋を出る間際に、
「ぜひ来てくれたまえよ?」
 キザったらしく俺にウィンクをしてみせた。

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