カムカム・スターダスト/第4話

~ごうるでん~


 プラネタリウム上映会が一区切りしたのを見計らって、俺は『星空日記』へと入場した。時間にして九時になる十分前。我ながら律儀である。
 麻耶に招待された『星空日記』は、こぢんまりとした一般公開空間だった。
 一言で表すなら、小規模なプラネタリウム。室内の大きさは学校の体育館ほど。半球状の室内に、およそ二十の座席が配置されている。決して大規模な空間ではない。
 空間の中心には、プラネタリウム投影機が設置されている。
「よくぞ参られた。ワタクシの名は星辰の騎士(アストライア)。昨日の試合以来ですね」
 入場した俺を出迎えたのは忌々しき仮面のアバター。厳粛な態度をとっているが、声は確かに麻耶のものだった。
 星辰の騎士の傍らには銀髪で細身の人物が佇んでいた。身長は百六十センチ。顔は狐のおお面で隠していて、頭には狐の耳、尻には尻尾。服装は学ランにスカート。体格が華奢なところから、おそらく性別は女性と思われる。
「いらっしゃい、黄金戦鬼。映像では知っていたけど、実際に見るとますます目に悪そうな金ピカだね、あはは。ちなみに僕の名前は銀狐(ぎんぎつね)。星辰の騎士の友人さ」
 銀狐を名乗る人物は、俺を小馬鹿にしたように語ってみせる。
 というか、銀狐の声には聞き覚えがあった。
「貴様、月暈満月か?」
 俺は問う。
 銀狐の声は、今日の放課後に図書館の談話室に麻耶と共に現れたツレと一致する。
「おやおや、SNSではみだりにリアルのことを口にしないのがマナーだろうに。ははは、君は本当にどうしょうもない人間みたいだね」
 強気で、人を見下したように銀狐は言う。こいつの指摘は正論ではあるが、正論だけに腹が立つ。
「おやめなさい二人共。喧嘩をしていても話は前に進みません」
 険悪なムードの俺と銀狐をたしなめる星辰の騎士。
「それで、貴様は俺に何の用だ? 昨日の試合でのプレイについて、こちらは一切の非がなかったと考えている。試合である以上、ルールに抵触しない限りはどんなても許される。それだ真剣勝負というものだ」
「うわ、最悪だね、君……」
 俺の真っ当な意見に対して、むき出しの嫌悪を示す銀狐。
 俺は「はあ?」と青筋を立てながら、声を荒げる。
 再び話を脱線しようとしている俺たちに、星辰の騎士は咳払い。
「昨日の試合運びについて、アナタを糾弾するつもりはありませんよ。試合で相手の虚をつくのは戦術の一つです」
「だったら、なぜ俺をここに呼んだ? 放課後の貴様の言いぶりは、まるで俺を脅すようだったが?」
「それはどうしてもアナタに問いたださなければならないことがあるからです。そのためには、それこそ手段は選べないのです」
 星辰の騎士の言葉は、鉛のごとき重々しさ。そこから彼女がかなり切迫していると受け取れた。
「俺は金にならない話には興味がない。儲け話以外なら、手短に済ませてもらおう」
 釘を指す俺。その言葉に従い、星辰の騎士はごく手短に問うてくる。
「では聞きます。アナタこそ幻のアバターである豪流殿斉彬(ごうるでん・なりあきら)なのではありませんか?」
 えっと……。
 どうか、皆様、このときの俺の心中をお察しいただきたい。
 目の前の相手が、真面目以外の何物でもない口調で、珍妙な用語を口にする。
 笑うべきか否かを、ここまで熟考するのは人生で初めてだし、きっと最後だ。
「ははは、何その冗談。なかなかにハイセンスだな」
 熟慮を重ねた結果、俺は乾いた笑いを漏らすことを決定。
「なにがおかしいのです? ワタクシは極めて真面目です」
「そうだよ。君の態度は、真剣な相手に対してひどく失礼だ」
 ウップス!
 どうやら選択肢を間違えたようだ。
 目の前の二人の、それぞれの仮面の奥に隠された瞳からは憤怒の色が見え隠れする。ここまで嬉しくないチラリズムがあろうとは!
「いや、まあなんだ……。笑ったことは謝るが、話が見えないな。お前の言うごうるでん何とかの意味がわからん」
「豪流殿斉彬――それはSNSで密かに語られる謎の存在です。チョ×ボールの金のエンジェルくらいレアなキャラと噂され、その姿はゴリマッチョなアニキとも、至上の男の娘とも言われています」
 星辰の騎士は詳らかに説明してくるけれど、俺は以下の感想しか抱けない。すなわち――すごく、どうでもいいです。
 もしかして、俺は今、世界で一番無駄な時間を過ごしているのかもしれんな。
「まず断っておく。俺にはそんなかっ飛ばしたキャラ設定はない。その上で問おう。俺が豪流殿さんだと、何かあるのか?」
「豪流殿斉彬は、闘技場百連覇を遂げたものの前に現れ、一つだけ願いを叶えられるアイテムを授けてくれるといいます。ワタクシは、そのアイテムを求めて闘技場で戦い続けてきたのです」
 戦う理由が残念無双にすぎる……。
 逃げられるものなら、さっさと逃げ出したい。
 だって、星辰の騎士の瞳の輝きは仮面越しでも百万ボルト。そのトキメキ熱視線たるや、ちょっと耐えられる代物ではない。
「ま、まずは落ち着け。そんな荒唐無稽な話、一体誰から聞いたんだよ?」
 俺は暴走寸前の騎士を御するために情報の整理を試みた。
「ニュースソースは友達の友達です。ワタクシの信頼する者が、更に信頼している相手からの情報ゆえに、信憑性は――」
「ねえよ! そんなのデマゴギーの最たる例じゃないか! 今時、幼稚園児でも信じねえよ!」
 駄目だこの騎士、早く何とかしないと。
「む、むむう。やはり一筋縄ではいきませんね。百連勝に加えて、己の道を信じ抜くという試練。やはりレアアイテムの入手には労を要しますね」
 自分勝手に、イベント設定を開始する星辰の騎士。
 俺の目の前には闘技場百連覇を遂げた戦女神などいなかった。いるのはただのお馬鹿さん。
 こんな奴に、闘技場でコテンパンにされた自分が情けない。全俺が泣いた。
「そもそも、どうして俺がそんなビミョーなキャラだと考える。論拠を示せ」
「豪流殿とはつまりgoldenと解するのが妥当。そして、闘技場百戦目に現れたのは全身が黄金の怪人物。これは無関係と捨て置く方が不自然でしょう」
「いやいや、それ論理になってないから」
「ぐぬぬ、頑なですね。ならばいいでしょう。ここで簡単に引き下がるワタクシではありません。レアアイテムを差し出さなければ、黄金戦鬼の正体が灰里公太であると公表します。巷では黄金戦鬼の評判は良くないはず。これを公表されれば、アナタにも多少のダメージがあるのではないですか?」
 おいおい、このお嬢さんは何を言い出すんだ?
 それ、多少どころか学校に通えなくなるレベルだぞ……。
 馬鹿に弱みを握られるほど危なっかしいことはない。今の俺は、いつ火を吹くとも限らない拳銃をこめかみに突きつけられているようなもの。
 だけど、俺は苦し紛れに言うしかない。
「オ、オーケー。ただし、アイテムの準備には時間がかかるというか、ラグがあるんだ」
 俺を馬鹿と言いたくば言えばいい。でもね、人間追い詰められると、きっとこうなるから。
 これは単なる時間稼ぎ。問題の根本解決にはつながらない。
「そうですか。ならばしばし待ちましょう。ラグという言葉からは期限が来るまで、アナタは手持ち無沙汰という印象を受けるのですが?」
「基本的には暇だな。俺は待つことがお仕事だ」
「ならば、レアアイテムが手に入るまで、アナタには毎日一度はこの空間に顔を出してもらいましょう。ちょうどアシスタントが欲しいと思っていたところです。自由に手足として使える人員がいるのはいいことです」
 いきなりな申し出を垂れ流し始める星辰の騎士。
「ふぁっ? ……ちなみに金は出るのか?」
「申し訳ありませんが、この一般公開空間は入場無料ゆえに収益はありません。アナタに報酬を支払うのは不可能です」
「つまり……ただ働き……」
 前身が脱力してく。
 何が悲しゅうて、無償の奉仕なんてせねばならんのだ。
 そんなのは天地がひっくり返っても嫌だけど、弱みを握られた以上、星辰の騎士には逆らえない。
 くそ、ここは逆に考えるんだ。
 レアアイテムなどないことに星辰の騎士が気づくまでの間に、彼女が暴走されでもしたら堪ったものではない。出向と称して、彼女を監視するのは大事。超大事。
 つまり俺は、最大の怨敵の様子を伺うチャンスを手に入れたのだ。
 もしかしたら、彼女の弱みを握り返すことができるやもしれない。
 ハハハ……駄目だ。まったくうまくいく気がしない。
 詰んだな俺。
「立ちなさい、黄金戦鬼。ワタクシの傍にいれば、それだけたくさんの星の物語が聞けるのです。これは至高の幸せというものではないですか?」
 星辰の騎士は胸を張る。
 ちっとも嬉しくない。
 星の話なんて、金になるかよ! くだらない話で俺の時間を割くなら金を寄越せってんだ!
「ところで、このプラネタリウムが繁盛しているって聞いたけど、他のプラネタリウムと何が違うんだ? 一見したところ、普通のプラネタリウムと変わらんが」
 星辰の騎士から、これ以上無茶苦茶な要求を出される前に退散するのが上策。されど、繁盛店の秘密を知らずに引き下がるのは下策。
 この一般公開空間に入る際、満員御礼と言っていいであろう数の人々が退場していたのを俺は見ている。数が少ないとはいえ、それでも座席を全部埋めるのは難しいものだ。
 何あろう、俺の一般公開空間は閑古鳥が鳴いている。
 金儲けのためのセミナーを開き、金に目がくらんだ馬鹿どもを釣る予定だったのに、誰も来やしねえ。
 入場料も破格の金額設定だというのに、世間の奴らには人を見る目がないとしか言い様がない。
「ワタクシは特に難しいことはしていませんわ。ただ、星についての話を語っているだけですの。詳しくは、実際に見た方が早いでしょう。明日もプラネタリウムの公演があります。そのときに答えがわかるでしょう」

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