カムカム・スターダスト/第5話

~悩める月~


 悪夢のような星辰の騎士の要求を受けた翌日。
 昼休みに俺は購買で買った焼きそばパンを、校舎の裏側の目立たないスペースで食べていた。
 教室にいては、熱気の権現たる苦川に絡まれるとも限らない。あいつがいては、室内エアコンが運んでくる清涼感も無意味になってしまう。
 校舎の壁にもたれかかれながら、俺は俯いた。空なんてみるのもまっぴらだ。
「ああウザイ。太陽はもうちょっと空気を読んで大人しくしてろってんだ」
 天に向かってぼやくけれど、それは虚しいだけ。
 ……のはずだった。
「随分な物言いだな。太陽だって星の一つだ。星はいつでも歌い、語っている。それに耳を傾けるというのがロマンというものだろう」
 突然の声に俺は驚き、相手の方を向く。
 そこにいたのは麻耶魅影。傍らには月暈満月の姿もあった。
 ただでさえ味気ない購買のパンが、更にまずくなりそうな組み合わせだ。
 麻耶は更に付け加える。
「俯いていては星は見えんぞ?」
 まるで、至言のごとく口にするが、俺にとっては余計なお世話だ。
「空を見上げても、そこに金が落ちているわけではない」
「金は手段であって、それだけでは無意味であろう。それゆえに、まずは人は空を見上げ、夢を見なければならない」
 うぜえ。そして面倒臭え。
「夢など見るな。現実を見ろ」
 麻耶の訴えなど全力で棄却。
「君は星が嫌いなのかい?」
「嫌い以前の問題として興味がない」
 ふてくされながら俺は言ってみせる。
「希望の星、スーパースター、白星。星が付く言葉には良いものがたくさんある」
 瞳を光で満たした麻耶の説法。こいつ、どれだけ星が好きなんだよ……。
「不幸の星、事件のホシ、黒星。星の付く言葉には悪いものがたくさんある」
 俺の反論に、不服そうな麻耶。
 ちょっと言いすぎたかな? 一応向こうは俺の秘密を握っている身の上だ。あまり挑発するのは得策ではない。
「んで、お前らはこんなところになんの用だよ」
 閑話休題の意味も込めて、俺は聞いた。
「僕たちは、ちょっと、今後のプラネタリウム公演の打合せさ。ノーベル物理学賞をとったとある科学者はこう言っている――『運を捕まえられるかどうかは、日ごろから準備していたかどうかだ』と。準備をしないものには成功なんて訪れないのさ」
 引用混じりに月暈は言ってくる。
「へえ、そうかい。そりゃご苦労なこって。なら、俺がここにいたら邪魔だな」
 どっこらせ、と立ち上がる俺。
 どうせ放課後には『星空日記』で落ち合わせるんだ。昼休みくらいは一人でいさせてくれ。
「待ちたまえ。今日は君も公演を手伝うのだ。話し合いに参加しても問題はあるまい」
 麻耶は俺の肩をガシッと掴む。
「いや、俺みたいな素人がいたらかえって二人の話し合いに水を差すんじゃないかなあ、と」
 俺は全力で麻耶から目をそらす。
「困ったな。そういう配慮はいらないんだよ、灰里君。ラルフ・ワルド・エマーソンは『どんな芸術家でも最初は素人だった』と言っている。最初の一歩を踏み出さなければ、何も始まらないよ」
「いや、大昔の人間の言葉とかいらないから。ああもう、わかったよ! 俺も付き合えばいんだろう?」
 ヤケになって俺は叫んだ。
「ハラショー! そうこなくてはな!」
 大仰に腕を広げて言う麻耶はご機嫌な様子。
「んで、具体的に俺は何をすればいいわけ? プラネタリウムでのお仕事なんて生まれてこのかたしたことがないんだけど」
「そうだね、今日は知恵を貸してくれるだけで構わないよ。君には何か興味ある星はあるかい?」
 麻耶の質問に、俺はポカンとする。
「いや、ないけど……。それと今日の公演の何か関係があるのか?」
「私は星の話に目がなくてね。星が秘めた物語は素晴らしい。多くの人にその素晴らしさを知ってもらいたい。『星空日記』とは、いわばそのプレゼンテーションの場なんだよ。しかるに、君のような星を見上げようともしない人間こそ、新しい星の物語を開拓する鍵になると考えるんだ」
「なるほど、わからん」
 俺は眉間にシワを寄せ、この電波娘への対処法を考える。
「興味のある星なんてない。時は金なり。この無駄な時間を換金してしまいたいよ」
「ぐぬぬ、君は相当にロマンが足りないね」
 可哀想なものを見る目を俺に向けてくる麻耶。
 反論を考えたが、話がこじれるのも阿呆らしい。
「はいはい、んじゃ、これからはロマンとやらのステータス値の向上に善処するよ」
 ったく、俺の時間を割きたいなら金を積めって話だ。
 空気中の酸素原子を数えるよりも無意味なやりとり。
 そんなことをしていると、
「ねえ、あれって月暈さんじゃない?」
「本当だ! 何あの子、まだ男子の格好してるんだ。変なのー」
 通りがかりの女子生徒が、こちらに向かって明らかな侮蔑の言葉を放ってきた。
 この言葉に、憤慨した様子で月暈は女子生徒を睨みつけていた。
 何事かと首をかしげていると、
「僕はね、性同一性障害というやつなんだ。僕は生物学的には女なのに、心はそれを受け入れられない。実に半端物だろう?」
 消え入りそうな声で月暈は言う。
 うわー、割合に重そうな話。
「そっか、まあ、人生色々だよな」
 深く関わりたくないので、テキトーな言葉でお茶を濁す。
「割り切ったつもりだったけど、ああして悪意を向けられると、やはりヘコむものだね」
 他人のネガティブなって、傍からすれば迷惑以外のなにものでもない。是非とも他でやってほしい。
「例えばさ、魅影ならそういう方面に明るいだろうけど、古来あらゆる神話では月は女性の象徴とされてきた。ギリシャ神話のセレネにローマ神話のディアナ、北欧神話のマーニ。全部が女神だ。月暈満月――僕には名前に二つも月が入っているのに、僕は女になりきれない。実に中途半端だろう?」
 うむ、実にどうでもいい話だ。月が男女どちらでも、ぶっちゃけ興味がない。なにしろ、金にならないからな。
「そうかね? その意見は極論だよ」
 月暈の面倒臭い話を、更に面倒臭い麻耶が拾う。
「気休めはいいよ、魅影」
「ノン、私の意見は厳然たる事実なんだ。そうだ! ならば今日のプラネタリウムのプログラムは月の神様の話をしよう」
 麻耶は天啓が降りたように言う。ただし天啓と書いて『メイワク』とルビを振る。
 そう言いながら、麻耶は鼻歌交じりに【HERMES】を使い空中ディスプレイを展開。
「お前、なにを考えているんだ?」
 俺は聞く。面倒事の芽は早いうちに詰むに限るし、それができないならせめて情報収集くらいはしておくべき。
「ふふふ、そんなに急かないでくれたまえ。お楽しみは今日の公演までとっておいてくれ」
 麻耶の返した不敵な笑みが、俺に余計な心労となってのしかかる。

   ◆

 んで、本日の放課後。場所はSNS内の一般公開空間『星空日記』。
 午後五時からの公演は全席満員だ。
 こんな小規模なプラネタリウムのどこに魅力があるのかは、あいかわらず謎だ。
 散見するに、女性型のアバターが多い。もっともアバターが女性型だからといって、リアルでも女性とは限らないけれど。
 上演前に場がざわつくのは、どのようなシアターにもある風景。雑談に花が咲くのは、人々がリラックスしている証拠だ。
 けれど現状、場内にはビリビリとした緊張感が漂っていた。
 それもそのはず。この空間の主である星辰の騎士の隣に、卑怯な手で彼女を貶めようとした黄金戦鬼がいるのだ。客人が不安を抱いても仕方がない。
 時間が来て上演のブザーが鳴り響く。
「皆様、今日はご来場ありがとうございます」
 まずは星辰の騎士が朗々とした声で挨拶。
 しかし、観客は俺をガン見したままだ。
「ちなみに、こちらにいる黄金戦鬼は今日よりワタクシのアシスタントを努めることになりました。別にこの場に集まった皆様方に危害を加える意図はありません」
 観客の疑問符に答えるべく、星辰の騎士は説明する。
 星辰の騎士の言葉に観客たちは感嘆の声を上げる。
「この前までの敵に情けをかけるとは、なんと懐の深い……」
「あの金ピカが改心するとは……騎士様マジ聖女」
「そうだよね、いくらゲスでも改心の可能性はあるんだよね」
 などなど、こいつら言いたい放題である。
「今日はまだ、黄金戦鬼もここがどういう施設かわかっていません。ゆえに、ただ立っているだけの存在であることをお許しください。それでは、皆様、今日も星々の物語をお楽しみください」
 星辰の騎士は恭しく一礼すると、パチンと指を鳴らす。
 すると自動で場内は暗くなっていき、投影機が天井に星を投影し始める。
 それを見届けた星辰の騎士は、
「今日、物語をお届けする星はこちらです」
 星辰の騎士が言うと、天宙の星々の一つがズームアップされる。
 それは月だった。
 虚ろに空を漂う衛星が、まるで夜の女王のように脚光を浴びていた。
「皆様は月にまつわる神話と聞くと、どのような物語を連想されるでしょうか?」
 星辰の騎士の問いかけに、俺はきょとんとしてしまった。
 この疑問って、昼間、月暈が言っていたことに通じるんじゃないか?
 観客たちにしばし考える時間を与え、絶妙なタイミングで星辰の騎士は話を進める。
「ギリシャ神話のセレネにローマ神話のディアナ、北欧神話のマーニ。月に関する神話には、とかく女神が登場します。まるで月は女性の象徴であるかのように」
 これはそのまま月暈の主張だ。
 俺は観客席にいる銀狐――つまりは月暈の方を見た。
 狐面で表情は隠れているが、それが俺にはどこか遠い眼差しをしているように思えた。
 更に星辰の騎士は語る。
「では、我が国の月の神様はどうなのでしょう? ここでは日本神話をちょっと紐解いてみたいと思います。ご存知の方も多いでしょうが、日本神話における月の神様、それはツクヨミといいます」
 星辰の騎士は、中空に仮面をつけたマント姿のキャラクターを投影してみせる。
「日本神話におけるツクヨミはとかく謎の多い神様です。冥府への旅から帰還したイザナギが、右目を洗った際に生まれ、アマテラスやスサノオとともに『三柱の貴き子』と呼ばれます。ところが日本神話についてまとめた古事記の中では、「夜の食国を知らせ」というミッション以外には、一切の活躍はありません。そのためツクヨミは謎の多い神様です。一般的にはツクヨミは男の神様と言われていますが、それすら定かではないのです」
 断言するように星辰の騎士は言う。
 中空に浮かんだ仮面の神様は、未だ仮面をつけたまま。
「そこに月の魅力があるとワタクシは考えるのです。月は身近でありながら、とても深遠な存在です。古来より人々は、夜を象徴するこの天体に魅了されてきました。ツクヨミの存在意義とは性別を超越しているところにあるとワタクシは思うのです。つまり、わからないことが人々を惹きつける魅力にもなりうる。むしろ、この世のどこに謎を湛えない神秘などあるのでしょうか。もしも、この中で自分という謎に向き合っている方がおられるなら、素晴らしいことです。謎を抱え、それを探求し続ける限り、アナタの人生には意味がある」
 確認しなくても、麻耶の哲学じみた解説は、月暈へのメッセージだ。
 これは星を使った深イイ話と言うべきなのだろう。
 見ると銀狐以外の観客たちも星辰の騎士に圧倒されていた。
 人は自分の性別でなくても、色々なことに悩む。恋愛、仕事、そして自分自身のあり方について。
 星辰の騎士がその悩みの解決策に答えたわけではない。ただ、悩むことが人生なんだと示しただけ。
 けれど、案外、合理と論理に支配されたこの世界では、そういった無駄としか思えないことにも需要があるのかもしれない。
 なるほど、これは金儲けのヒントになりそうだ。覚えておいて損はない。

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