カムカム・スターダスト/第6話

~物語の意味~


 ちなみに銀狐は「ちょっと考えたいことがある」ということで、先にプラネタリウムをあとにしている。ツクヨミをモチーフにした公演に、思うところがあったのだろう。
 去り際の銀狐は、顔こそお面に隠されていたものの、声は嬉しそうだった。星辰の騎士の言葉に、励まされでもしたようだ。
「どうです。星の話は素晴らしいでしょう?」
 星辰の騎士は聞いてくるが、俺にはすれば腹立たしい限りだ。
「お前のやっていることは、ただの自己満足にすぎない。こんなもの、ボランティアだから人が来ているだけだ」
 俺は錐のごとき批判を繰り出してみせる。
 星の話が利益をもたらすとは思えない。
 客が喜んだとて、それが直に収益に反映されるなんて浅はかな考えもいいところだ。経済番組をつければ垂れ流される顧客第一主義なんてお題目には価値なんてない。
 いかに客に商品を高額で売りつけるか。そこが問題なのだ。
「アナタの頭は、終始金ばかりなのですね……」
「当たり前だ。星がなくても人は生きていけるが、金がないのは首がないのと一緒だ」
 金を欲する者と星を愛する者の価値観は、いかようにしても交差しない。
 あまりにも冷め切った議論に俺は辟易していた。
「星を忌み嫌うなら、なぜ貴様はこの星の女神と行動を共にする?」
 と言ったのは俺でもなければ、星辰の騎士でもない。
 声のした方を向くと、非常に派手なアバターが立っていた。
 外見上は男。まるで不思議の国のアリスに登場する帽子屋を彷彿とさせる格好だ。青薔薇と赤薔薇とハートのトランプを差した、太い赤リボンを巻いた高めのシルクハットが印象的だ。首から下の衣装はいわゆるゴスロリというやつで、非常にゴテゴテしている。
「久しいですね狂った帽子屋(マッドハッター)。来てくれた上に挨拶とは律儀ですね」
 星辰の騎士は優雅に微笑む。
「無論。我が右腕の契約にかけて、貴様には最大の経緯を尽くす」
「それは嬉しい話です」
「今回の公演も中々に興味深かったぞ。月の光は我が右目の魔力を増大させる。今日はオレの中の魔が満たされる話だった」
 マッドハッターなるアバターの言い分は逐一大仰だ。
 これはもしや……。
「この人はいわゆる中二病という奴か?」
 俺は一歩引いたところから聞いた。
「否! オレの右腕に封印された暗黒竜の力は本物だ! そのような童の妄想と一緒にされては不愉快だ」
 マッドハッターは答えるが、なるほど、こいつは真性の中二病だ。
「星辰の騎士……、お前の友達にはこんな痛いのがうじゃうじゃいるのか?」
 俺は無性に悲しくなっていたよ。闘技場で前人未到の百連勝を遂げた女傑の人間関係が残念無双な人々の集いだなんて。
「中二病などいう病気は、医学上存在しませんよ。いるのは想像力豊かな人のみです」
 星辰の騎士の言い分は呑気にすぎる。
 中二病を豊かな想像力と言ってしまっては身も蓋もない。
 本人は楽しいかもしれないが、周りの人間は堪ったものではない。
 意味不明な妄言に付き合わされるのは、はっきりいってゴメンだ。そんなことをしたって給金が出るわけではない。
「もっとも、オレの場合は想像ではなく、事実として白王真祖にその力を託されているのだがな」
 マッドハッターの妄想は留まるところを知らない。
「待て、白王真祖って何だ? お前の右腕に封印されたのは暗黒竜の力ではなかったのか?」
 マッドハッターの作り上げる設定にほころびを見つけた俺は弾丸のごとく論破。……したはずだったのだが。
「ふ、暗黒竜と白王真祖との関係にうっすらとだが気づいてしまったようだな。よかろう、ここはむしろ詳しく知っておいた方が、逆に貴様の身を守るのに有効かもしれんな――」
 ニヒルに笑うマッドハッター。
 彼は、その後三十分に渡って暗黒竜と白王真祖の物語を語った……というより垂れ流した。
 暗黒竜と白王真祖が、かつて同じ存在であったとか、愛する者を失って人格が二つになって、悪なるものが暗黒竜になって、善なるものが白王真祖になったとか、二つの存在が激突して月の文明が滅びたとか。
 はっきりいって時間の消費どころか空費である。
 そんな意味不明な物語が欲しいなら、漫画やアニメを観た方がよっぽど有益である。
「まったく、どうしてどいつもこいつも物語とやらに浸るのかねえ。そんなものが金になるわけでもあるまい」
 マッドハッターの話から解放された俺は愚痴を一つ。
 これに星辰の騎士は、
「物語がないと、人は自分の見聞きしたものを心に収められないのですよ」
 と言った。
「物語で役に立つのなんて、ブームになって著作者に印税をガッポリ稼がせてくれる――そんなものだけだろうに」
「実に浅はかな考え方ですね」
 星辰の騎士は溜息を一つ。
 侮辱された俺は、マスクの下で眉間にシワを寄せる。
「だったら、他に物語とやらにどんな使い道があるんだよ?」
 声に若干の苛立ちを含ませて、俺は聞いた。
「物語は人生に不可欠です。むしろ、自分なりの物語を紡ぐことこそ人生と言えるでしょう。例えば、とある人が苦難に遭遇したとしましょう。苦難にあったという事実は、そのままでは心に収めるには重たすぎます。しかし、これを事実ではなく物語の一部と解せたらどうでしょう? つまり、苦難という事実から何かしらの意味を汲み出すのです。例えば、この苦難は自分が成長するためのハードルであるといった具合に。そのようにすれば、人はどんな苦難でも受け入れられるようになる。このようにして、意味を見出して心に収めることこそ、物語の本質だと考えます」
「それって……単なる宗教じゃないか? 胡散臭いことこの上ないな」
「確かに、物語が悪用されれば、人はかえって道を迷うことになるでしょう。逆説的に言えば、物語は人を惑わすほどの力を秘めているのです」
「では、貴様は物語を正しく使えている、と?」
 俺の糾弾するような言い回し。なのに星辰の騎士は静かに返す。
「正しいか否かは、後の歴史の決めることでしょう。ただ、ワタクシは星の煌きの素晴らしさを伝えるために、人々に物語を紡ぎ上げることにしたのです」
「へえ、それがこのプラネタリウムが大繁盛している理由か」
 俺は茶化すように言う。星辰の騎士は肩をすくめる。
「その言い方だと、この場が商業施設みたいに聞こえますけれどね。ここは基本的に無料開放ですよ」
「しかし、本当に星の輝きとやらで人を魅了したいなら、普通に星空を投影するだけの方がラクだろうに。そこに物語を加えるなんて、ご苦労さまとしか言いようがない」
 俺の皮肉は悪意たっぷりなものだった。
 それに対し、星辰の騎士は首を横に振って、
「どれだけ情報量を増やしても満天の星空にはかなわない」
 と言った。
 彼女は更に続ける。
「星の配置や光量といった情報だけなら、実際の星を観た方がよっぽど正確です。あるいは天文研究をしている公共空間に行くのもいいでしょう。しかし、それだけではただの事実です。そこに人の心を震わせる物語を添える。それが人のみでしかないワタクシができる数少ないことなのですよ」
 星辰の騎士は、今はもう星の投影されていない天蓋を仰ぎながら言った。
「そう、まさに物語なのだよ! オレも暗黒竜や白王真祖から賜りし物語を生きている!」
 しばらく黙っていたマッドハッターが、再び調子に乗り始める。ウザイ。
「じゃあ騎士様に聞くが、中二病の妄言も心に事実を収めるための物語だとでも? 俺には単なる現実逃避にしか思えないんだけど?」
 俺の言葉にマッドハッターは「オレは中二病ではない!」とか云々ほざくが、そんなものは当然無視。
「中二病という言い方がそもそも気に食わないですね。そのような人を蔑むような言い回しは避けるべきです。むしろ、ファンタジーと言うべきでしょう。ファンタジーがあるからこそ、人は進歩してこられたという側面を持っています。ファンタジーとは、日常の裏に隠された、目を凝らさなければ見つけられない想像の世界。新しい法則や原理、あるいは概念の発想にはファンタジーがその土台となるのです。ファンタジーを真正面から見つめる勇気を失ったとき、人は人でなくなります」
 星辰の騎士の厳粛な言葉は、深々と俺の心に降り積もる。
 星辰の騎士の言葉を受けてマッドハッターは、
「暗黒竜も白王真祖も、遥か昔のそれこそ神代の物語の存在だ。しかし、俺の右腕には彼らの力が封印されている。この力が解放されたとき、この世界は終わりを迎えるだろう」
 相変わらずの中二発言。こんなものを指すのにファンタジーという言葉は上等すぎる。
 俺がそんな風に苦笑していると、マッドハッターは続ける。
「けれど、オレはときどきこの力を誇りに思うんだ。オレがこの力を抑え続ける限り、世界の人々は平穏に暮らすことができる」
 自己犠牲の精神には、お疲れ様としか言い様がない。
 だが、同時に思う。自分の妄想や物語を臆することなく表現できる。これはこれで幸せなのかもしれんな、と。

   ◆

 翌日。
 天体マニアに自分の性別に自信を持てない少女、さらには中二病。
『星空日記』にはロクな人間が集まらない。そのせいで俺の気苦労は増すばかりだ。
 早いこと、星辰の騎士こと麻耶魅影の弱みを握らないとこっちの心が参ってしまう。
 早朝の校門前は多くの生徒で賑わっているのに、全くテンションが上がらない。
 むしろ、今日も麻耶に振り回されるのかと考えると憂鬱な気分が押し寄せてくる。
 俺はもっとこう、金のことだけを考えていたいんだ。効率的に預金通帳に書かれる数字を増やす方法を探求したい。
「どうした灰里、下ばかりうつむいて。悩み事か?」
 唐突に背後から声がかけられる。聞き覚えのある嫌な声。
 振り返ると麻耶がいた。
「預金残高の値は人を亡者にも哲学者にもさせるんだよ」
 文脈なんて関係なしに俺は言ってやった。
「魅影先輩、この人なに言ってるんです? あたし意味わかんないんですけどー」
 麻耶の傍らには、いかにもギャルといった風貌の女子生徒。月暈とはまったく別のタイプ。麻耶は来るもの拒まずという信条でも持っているのだろうか。
 舌っ足らずな敬語。日本語の乱れなんてのは遥か昔から大人がグチグチと文句を言っていることだが、こういう娘を目にすると、それもしょうがない気がしてくる。
「というか、この女は何者だよ? 麻耶の知り合いか?」
「彼女は雨ケ谷恋色。うちの学校の一年生だ。通学の電車でよく一緒になるので、気づいたら仲良くなっていたという関係だよ」
 類は友を呼ぶ。一般常識からズレている麻耶に、これまた常識のなさそうな雨ケ谷が惹きつけられたとみるべきだな。
「そんなことよりー、これ見てくださいよ。昨日撮ったんですけど、マジでいい写真じゃないですか?」
 雨ケ谷は【HERMES】の空中ディスプレイを展開。そこには写真画像が映し出される。
『星空日記』の内部が映し出されていた。
 雨ケ谷は写真をスライドさせる。
 すると、昨日のプラネタリウム公演で披露された画像が次々と現れる。
「ふむ、中々の写りだね」
 麻耶は感心したように言うが、俺は異議を申し立てる。
「ちょっと待て、普通こういう公演中の発表物は撮影禁止じゃないのか?」
「普通はね。けれど私の一般公開空間では公演中でも撮影OKだよ。流石にフラッシュを焚くのはマナー違反だけれどね」
 それは随分と太っ腹なことで。
 雨ケ谷が写真をスライドさせていくと、やがて上演が終わり人が去っていく姿が現れる。
 そして、場内にはホストたる星辰の騎士と、その助手の黄金戦鬼の姿だけが残った。
 ……って、オイ。
 つまり、雨ケ谷は昨日の公演終了後に最後まで場内に残っていた客ということになる。
 昨日、『星空日記』に最後まで残っていた客が誰だったのかなんて、俺には忘れようがない。
 もしかして、どこからどう見繕ってもギャルでしかない女子生徒がマッドハッター?
「んんー? どうかしたんですかー、そこのゴボウみたいな顔の人?」
「ウルセエ、誰がゴボウだ! 俺には灰里公太って名前がある!」
 失礼極まりない雨ケ谷を怒鳴りつける。
「ちょっ、いきなり激おこぷんぷん丸とか、マジ意味わかんないんですけどー」
 雨ケ谷は抗議してくるが、頭が痛いのはこちらの方だ。こんなギャルが中二病アバターの本体って……。
 みんなそれぞれに心の闇を抱えているんだな。という風に浅い感じでまとめておこう。深く考えると、また心労が溜まりそうだ。

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