カムカム・スターダスト/第7話

~輝く名前~


 公演が終わって、しばし呆然と天蓋を仰いでいる客ってのは、このプラネタリウムでは結構いるものだ。
 感傷に浸っているんだろうけれど、俺からすれば時間の無駄だ。
 それどころか、次の公演時間が差し迫っている。早く帰ってくれ。
 今日も今日とて、そんな酔狂な客人はいるものだ。
 席についたまま、ただ天を観る。
 邪魔だけど、関わるのは面倒臭い。まあ、次の公演時間までに出て行ってもらえればそれでよし。
 とか思っていると、
「どうかされたのですか?」
 星辰の騎士が客に声をかける。余計なおせっかいもいいところ。
「これは失礼しました。ちょっと先の公演の余韻を味わっていたんです」
 客は席から立ち上がる。
 その客のアバターは、まるで影絵みたいな風体だった。全身黒づくめで、目の部分だけがまん丸に黄色く光っている。そのシルエットと声から察するに女性型アバターだった。
「そうですか。楽しんでいただけたなら何よりです。もしよろしければ、名前を教えていただけませんか?」
「このアバターの名前はLCです。それ以上でもそれ以外でもありません。あしからず」
 目だけが光るシルエットが、どこか苦笑しているように見えた。
「LC――意味ありげな名前で素敵ですわね」
「そう言ってもらえると助かります」
 LCは小首を動かして、軽く会釈。
「参考までにお聞きしたいんですが、先ほどの公演のどこがお気に召しましたか?」
「星の美しさ、というか星の名前の美しさが心に染みました。綺麗な星に綺麗な名前が宿っているのは嫉妬すら覚えます」
「あら、随分と通な見方をされるのですね。いかにも、星にはその輝きに恥じない名前を有するものが数多く存在します」
「昴、北斗七星、明けの明星――聞いただけで、さぞ美しいものなのだろうと想像できますよね。感動ものです」
 二人の会話に完全に置いてけぼりの俺。
「というか星の名前なんてどうでもいいじゃないか。適当にナンバーでも振っておけば管理しやすいだろうに」
 思わず言ってしまったが、言ってから後悔した。
 女性アバター二人は、白けた顔でこちらを見やる。いや、両アバターとも素顔を晒していないから、表情からは白けているとは判然としないが、醸し出している空気はとても冷たい。
「公演中から気になっていたんですが、そこの金ピカはどういう意味があってこの場にいるんです?」
 LCは見下すように言ってくる。
「彼は、名目上はワタクシのアシスタントです。今はまだ見習いですけれど」
 星辰の騎士の説明。
「そうなんですか? LC的には金ピカの外観が成金趣味すぎて全然クールじゃないと思います。趣味が悪いです」
「ワタクシも彼の色彩感覚には同情しますが、そこはそっとしておきましょう」
 LCも星辰の騎士も俺を馬鹿にしているが、高度なセンスは高度な知性を持った人間にしか理解できないものだ。俗物の意見など却下だ、却下。
「と――話が脱線してしまいましたね。LC的には星の名前をつけた人の美意識はクールだと思うのですよ」
「ハラショー! その美意識を解するのも一つの美意識です。大切にしてください」
 また話が戻る二人。
 まったく、どうして女ってのは、こうも無駄話が好きなのか。
「名前……それってクールだと人生の糧になるけれど、クールじゃないと重荷ですよね」
 唐突に言い出すLC。
「そうですか?」
 星辰の騎士は首を傾げる。
「そうですとも。名前は親が子供に与えるギフトです。それがデタラメなものだとしてください。堪ったものじゃありませんよ。LC的にはありえない話です」
「親……ですか」
 星辰の騎士も、天蓋を仰ぎながら言う。
 そういえば、俺は彼女がどんな家庭環境に置かれているのかなんて知らない。とはいえ、桑楡高校に通う身の上だ。平均的な家庭環境にはないのだろう。
 桑楡高校に通うものは、往々にして情報格差の弱者なのだ。そういった者は得てして家庭に問題を孕んでいる場合が多い。
「子どもに変な名前をつける親の気が知れないですよ。キラキラネームとはよくぞ言ったものです。キラキラした名前は、いわば豪奢なドレスみたいなものです。ドレスは華やかかもしれないけれど、それを着ていては外で遊ぶことができないです」
 ブツブツと文句を垂れるLC。相当に自分の名前を疎ましく思っているようだ。
「もっとも、海外なんかでは、平気で神々しい名前をつけたりしますけどね。例えばイスラム圏では、預言者であるムハンマドという名前を子供に付けるなんて珍しくありませんし、お国柄もあるのでしょうね」
 諭す星辰の騎士。
「海外は海外ですよ。ここは日本! 私はあんな厳つい名前なんて大嫌いです」
 LCのブーイング。ふむ、中々に根が深い。
 そう考えてみると、俺の『公太』という名前は実に平凡で、それはとても幸せなことなのだろう。
「それでも、名前には人の想いがこもっているものです。先ほど、LCさんは星には綺麗な名前が多いと言いましたが、決して珍名がないわけではありません」
「そうなんですか?」
「はい。特に小惑星には不思議な名前のものが数多くあります。例えば、これを見てください」
 星辰の騎士は、指をパチンとならしてプラネタリウムを展開。
 俺たちは宇宙空間に包まれ、周りには無数の小惑星が行き交っていた。
 飛び交う小惑星にはご丁寧に吹き出しで名前が表示されていた。
 ――座敷童子
 ――仮面ライダー
 ――ジェームズ・ボンド
 ――たこ焼き
 ――北斗星
 などなど。
 一見するとギャグにしか思えない。
「ファーッ! こ・れ・は・ひ・ど・い! 小惑星なのに北斗星って、もはや自殺ものじゃないですか」
 腹を抱えて爆笑するLC。
「ワタクシも、名づけた人のセンスを疑います。けれど、同時に思うのです。せっかく苦労して見つけた小惑星に、信じられない珍名をつける人の心について。傍からしたら珍名かもしれないけれど、でも、きっとその人にとっては譲れないものだったんじゃないでしょうか?」
「そういうもんですか?」
「無論です。もしもそれがウケ狙いでの命名だったとしても、そこにはやはり人の心が詰まっているんだと思います。空っぽな名前なんて、この世にはありません。どんな名前が付けられようと、名前にはどうしても念が篭ってしまう。それは人の名前も一緒です。だから、どんな名前であっても、名づけた人の念を背負って生きていくしかないのです」
 優しく、けれど同時に厳粛に星辰の騎士は語る。
「ぐぬぬ、難しい注文ですね。LC的にはすぐには頷けませんね」
「いいのですよ、すぐに納得しなくても。こういうのは時間をかけて答えを見つけていくものなのですから」
 星辰の騎士の言葉に、LCは「むうう」と唸っていたので俺は言う。
「それだったら名前を超える人間になればいいのではないか? 名前が変か否かより、それをコンプレックスにしていることを他者はからかってくるのではないか?」
 これにLCは、
「そうですねえ。確かにそっちの方が見苦しいかも。ええい、だったらLCは自分の名前をちょっとずつ受け入れる努力をしていきますよ」
 彼女の言い方は、どちらかといえば開き直りに近いのだろうが、最初のうちはそれでいいのだろう。
「ところで、貴様の名前はそんなにヒドいものなのか?」
 好奇心に駆られて、俺は聞いてみた。
「……仮想世界で相手の本名を聞くのはマナー違反ですよ。でもまあ、お二人になら教えてもいいでしょう。一度しか教えないから刮目してください」
 LCは空中ディスプレイを展開させて、文字列を表示させる。
 そこには、
 ――森永最終兵器――
 とあった。
「ちなみに最終兵器は『らすとこまんど』と発音します」
 LCの補足説明に、俺は仮面の下で白目を剥いていた。
 なるほど【Last Command】だからLCか――。
 俺も星辰の騎士も何も言わなかった。否、言えなかった。
 うん……彼女が名前に対してコンプレックスを持つのは極自然な流れだと俺は思うよ?

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