カムカム・スターダスト/第8話

~星の詩人~


 購買とランチルームを兼ねた部屋で困っている女子生徒ありけり。そのもの、目を閉じながら白い杖をつく。昼休みの学食の混雑に、完全になすがままだった。
 どこかの物語の主人公ならば、このような状況を見過ごさず、少女を助けたりするのだろう。
 逆を言えば、物語の主人公的要素がゼロな俺では、彼女を助けるなどありえない話だ。そもそも、彼女を助けたとて金になるわけでもない。
 むしろ、変なトラブルに巻き込まれでもしたらどうするというのだ。
 保守主義万歳。小さな親切が大きなお世話になりかねないのが世の理。
 なのにさあ、そういう面倒事に進んで飛び込んでいく馬鹿ってのはいるものだ。
「大丈夫かね?」
 白い杖の少女に声をかけたのは、目が星のように輝く少女。
 麻耶魅影――俺が忌避してやまない四字熟語である。
 麻耶は、白い杖の少女を人ごみの中から引っ張り出す。
「ありがとうございます」
 少女は麻耶に一礼する。
「困ったときはお互い様さ。なんなら、券売機でお望みの食券を買ってきても構わないよ」
「あ、いや、でも、そんな……」
 麻耶のいきなりの親切に、少女は狼狽していた。
 そりゃそうだ。どんな気遣いであっても、いきなり持ちかけられたら裏があるのではと勘ぐりたくなるのが人情だ。
「あくまで私の買い物のついでだよ」
 返事に窮する少女に、麻耶は快活に言う。
「じゃ、じゃあ、お願いします。カレーラーメンが食べたいです」
「了解だ!」
 そう言うと麻耶は、券売機で食券をゲット。少女のところまで戻ってくる。
 しかし、麻耶の瞳は真剣なままだった。
「どうしたんです? 何となくですが、アナタからは未だピリピリとした雰囲気を感じますが……」
「ふふふ、少女よ。食券を手に入れられたからといって油断するなかれ。むしろ、本当の戦いはこれからだ! 我々は学食のオバちゃんに食券を渡し、そして、食料を調達せねばならん!」
「……それ、大変なんですか?」
 不思議そうに少女は聞くが、俺にはそんな少女の態度が不思議だった。
 食券をカウンターにいるオバちゃんたちに私に行くのが大変なのは見れば分かることだ。
 なにしろカウンターの前には、我先に食券を渡そうとする生徒で溢れかえっていた。
 それを見て、難易度を測れないとは観察力が不足しているとしか言い様がない。
 ……というか、どうして少女はずっとまぶたを閉じたままなのだろう?
 俺が疑問を頭の中でループさせていると、
「いざ、これより我らは修羅に入る! 人と会っては人を斬り、神と会っては神を斬る! 南無三!」
 ……イミフにすぎる口上と共にカウンター前の人だかりに突っ込んでいく。
 その生徒たちの姿は、まるで地獄で蜘蛛の糸を求める亡者のごとく。
 腹が減っては戦はできぬというが、あれは間違いだ。腹が減るから戦が起きるのだ。
 んで、待つこと五分。
 麻耶と少女は戦場からそれぞれの食い扶持を確保して戻ってきた。
 少女はオーダー通りカレーラーメンを、麻耶はガッツリとカツカレーを。……お前ら、どんだけカレーが好きなんだよ。
「ところで、君は今日は一人で食事かい?」
 麻耶が少女に聞く。
「はい。というか、学食は初めてで。いつもはお母さんがお弁当を作ってくれるんだけど、今日は寝坊しちゃったみたいで」
「ほほう。それは災難だったね。では、今日は私たちと共に食卓を囲もうぞ!」
 ちなみに麻耶が『私たち』と言うのは、俺もメンバーにカウントされているからだ。俺は目下、麻耶様の言うことは絶対という状態なのである。
「え、いいんですか? 私みたいな者が一緒で?」
「私は一向に構わん!」
 テンション高く麻耶は断言。
「じゃあお言葉に甘えて――」
 少女は席に着くと、持っていた白い杖をテーブルにかける。
 少女はやはり目を閉じたまま。
「はじめまして、私は千早芽留(ちはやめる)と申します。一年C組の生徒です」
 彼女の自己紹介に続いて、俺と麻耶も名前と学年程度の簡潔な自己紹介をした。
「そ、そっか、お二人は先輩でしたか。なんかすいません、下級生の癖にいろいろ助けてもらっちゃって」
「気にするな。困っている下級生を助けるのは先輩の義務だよ。それより芽留君、君はもしかして目が見えないのではないかね?」
 麻耶がいきなり、空気も読まず突っ込んだ質問をする。俺の飲んでいたオレンジジュースがうっかり気道に入って、咳き込むハメになった。
「は、はい……実はそうなんです。すいません。この杖は日常生活を補助するものです」
 萎縮しながら謝る芽留。
「いやいや、私は事実確認をしたまでさ。何も恥じることはない。むしろ、それは才能にもなりうるよ!」
 麻耶の言い方は堂々としすぎて、かえって相手への気遣いすら感じないほどだった。
「あ、あの、それはどういう意味でしょうか? ……才能とか言われても、私、目が見えないから人より出来ることは少ないですし。……盲目だから音楽が大得意とか、そういうのもないですよ?」
 麻耶の妄言に、千早はおっかなびっくりだ。
「そうではないね。盲目である以上、星々の物語に想いを馳せる能力は誰よりも特化しているはずだ」
 麻耶の暴走は止まらない。
 ……何言ってんの、こいつ?
 もし俺が、麻耶に弱みを握られていなかったら、きっとそう言っていた。むしろ、この場で席を外していた。
「……え、えっと、私は目が見えません。だから、星も見たことがありません。そんな人間が、星のことを語るというのは無理があるんじゃないでしょうか?」
「ノン! それは常識に囚われすぎというものだよ! 現代の天球にある八十八の星座は、元々は古代ギリシャの神話が下敷きとなっている。ギリシャ神話は詩人ホメロスなどによる叙事詩によって人々に伝播していった!」
「はあ……それと私がどう関係があるんです?」
「大事なのはホメロスという詩人の存在だ。彼の叙事詩なくしては星座などなし。そして、さらに大切なのはホメロスが伝説では盲目の詩人だったということだ!」
 立ち上がり、まるで演説するかのようにまくし立てる麻耶。
 これには千早も若干引いていた。
「いや……あの……目が見えないから、ホメロスという人みたいになれるというのは、論理の飛躍じゃないでしょうか?」
 千早は首を傾げる。全くもって、俺も同感だ。
「いやいや、それは価値観の相違だよ。己の内に宇宙を湛えている者は詩人になれる。ならば、君は現代のホメロスになればいい! 星の神話について知りたくば、是非、SNS内にある私のプラネタリウムに来てもらいたいね。目は見えずとも、話を聞くことはできよう?」
 麻耶の考え方が痛々しくて片腹痛いわ。
 麻耶の言い分は、限りなく善意の押し売りだ。
「SNSでなら私目が見えるので平気です」
 この言葉に麻耶は更にヒートアップ。
「なるほど! 仮想世界では現実での五感を補ったりできるからね。仮想世界にはそういう使い方もあるということか! いける、これはいけるぞ! これで現代のホメロスを育成できる!」
 ……麻耶ってシラフだよな?
 そんな疑問が脳内で明滅するほどに、彼女は興奮していた。仮に彼女が酔っ払いでないとしても、自分に酔いしれているのは確認するまでもない。

   ◆

 んで、放課後は訪れる――。
 結局、千早への特別プラネタリウム公演は三日後となった。
 それまでの間に、ホメロス養成講座のプログラムを作るらしい。
 養成というか、むしろ洗脳な気がするがな。
 このまま麻耶に振り回されていたら、俺の人生が詰みかねない。
 なんとかして、彼女との悪縁の鎖を立たねばならない。
 しかし、俺は麻耶に弱みを握られている。
 ならば――俺も麻耶の弱みを握ってしまえばいい。
 幸いにして、俺は麻耶のプラネタリウムを自由に行き来できる。
 アシスタントのフリをして、弱みを探すことなど造作もないこと。
 まあ、本当に自分に不都合なものは、秘密スペースに置いておくものなんだけど。
 けれど、万が一にでも公開されている空間に麻耶の弱みがないとは言い切れない。
 一日の公演の終了後、俺は麻耶の目を盗んで、あちこちを見て回る。
 それこそ、座席の下まで念入りに。
 ちなみに麻耶は投影機の整備に気を取られて俺の挙動に気づいていない。
 そこで俺は見つけたんだ。
 椅子の下に置かれた、一辺が二十センチほどの正方形の黒い箱を。
 なに……これ?
 中身まではわからんが、明らかに怪しい。
 もしや、麻耶の弱み?
 ゴクリ。俺は生唾を飲む。
 もしかして、これは俺を自由にしてくれるラッキーアイテムではなかろうか。
 俺は箱の蓋に手をかける。
 その時。
「何をしているのです?」
 背後から声をかけられる。声の主は星辰の騎士。
 マズイ。
「い、いや、ちょっと場内の清掃をば」
 俺は星辰の騎士に背を向けたまま返答する。
「それは良い心がけですね。ところで、アナタがいま手に持っている箱はなんです?」
 マズイ、改め、ヤバイ。
「こ、これは……ふふふ、バレてしまっては仕方ない! これはこの座席の下にあったものだよ。お前としては、非常にデリケートに扱ってほしいシロモノだろう?」
 俺は開き直って、振り返る。
 黒い箱は未だ俺の手の中。
 悪いが、せっかく手にしたチャンスを安々と逃す俺ではない。
「何を言って……まさか!」
 星辰の騎士の慌てぶりから、これが彼女にとって都合の悪いことは確定。
「お前には下がっててもらおうか! これは俺が見つけたんだ。中身の確認は俺が行う!」
 恫喝する俺。
 星辰の騎士は後ろずさる。
「馬鹿な真似はおよしなさい! それはアナタごときでどうこうできる品ではありません!」
 星辰の騎士の狼狽ぶりが実に心地いい。普段のクールな彼女が壊れていくようで、溜飲が下がる。
 ところが、黒い箱は予想だにしない状態へと変容する。
 突如として、箱の表面に禍々しい赤の回路が浮かび上がる。
「なに……!?」
 俺は突然の事態に怯えるが、時すでに遅し。
「危ない!」
 俺が怯んだスキに、星辰の騎士は黒い箱をひったくっていく。
 次の瞬間、黒い箱が悪意に満ちた嘲笑を撒き散らし、白煙をあげて爆ぜた。
 ……星辰の騎士の腕の中で。
「ちょ、お前……大丈夫か?」
 さすがの俺も相手の安否くらいは確認する。
 ところが、
「近づかないでください。アナタにまでウィルスが感染するおそれがあります! 早くこの空間からの退避を!」
 星辰の騎士が叫んだ。
 星辰の騎士の全身は黒いシミのようなものに侵食されていた。
 わけがわからないが、ここにいては面倒事に巻き込まれるのだけはわかった。俺は即座にログアウトを敢行。
 逃げた。
 自分を助けてくれた女の子を残して、自分一人で安全な場所まで逃げた。

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