カムカム・スターダスト/第9話

~資産除去債務~


 次の日は学校に行くのも億劫だった。
 ウィルス感染は仮想空間内での話。リアルでの麻耶の容態に問題はないだろう。そこは心配には及ばない。
 問題は、麻耶がさぞご立腹なのではないだろうかという点だ。
 もし、彼女が昨日のウィルス事件に怒り狂って、黄金戦鬼の正体を周りにバラしていたら……。
 俺の学校生活は詰んだな、これ。
 さりとて、家に引きこもりたい思いを引きずりながら、それでも俺は登校することにした。
 理由は簡単で、俺の家には引きこもれるスペースがないからだ。
 灰里家は借家に八人住まいという濃密な人口密度。当然、俺に自室というものはない。登校時間を過ぎても家にいようものなら、母親に外にたたき出される。
 トボトボと、俺は学校までの道のりを歩く。
 灰里家の数少ない長所は、学校まで徒歩で行ける距離にあるという立地条件。けれど、学校から遠ざかりたい現状では欠点だ。
 夏休みに間近のこの時期は、朝であっても蒸し暑い。
 始業までは時間があるので、俺は道の途中にあるコンビニに立ち寄った。
 店内に入ると、エアコンで調整された涼やかな空気。あまりに快適すぎて逆に不健康さすら感じるレベルだ。
 避暑という意味ではコンビニに立ち寄ったのは成功だ。
 でも、トータルで見れば大失敗。
 麻耶魅影と店内で鉢合わせしてしまったからだ。
 会計を済ませたのであろう彼女と、ちょうどレジの前でエンカウント。
 タイミングが最悪にすぎる。
「……お、おはよう」
 豪快にキョドりながら、どうにか挨拶を搾り出す。我ながら惚れ惚れするくらいのファインプレー。……もちろん、マイナス方向に。
 次の瞬間、麻耶は俺に向けて嫌悪の表情を浮かべ……なかった。
 むしろ、感極まったような微笑みを浮かべている。
 思っていたのと違う反応だ。
「こうして制服でここにいるということは、身体の方は無事みたいだな。気がかりなのは君のアバターの安否だが……」
 聞いてくる麻耶。
「お前のおかげでアバターの方も無事だよ。一応、ウィルススキャンもしたけど、きちんと陰性だった」
「それはよかった」
「……それで肝心のお前の方は?」
 俺は恐る恐る聞いてみた。
 麻耶は首を横に振る。
「残念ながら感染していた。もっとも、感染力が弱いウィルスだったらしく、アバターは明日にでも除染できそうだ。しかし、専門業者の話では、一般公開空間は向こう一ヶ月は閉鎖した方がいいらしい」
 麻耶の回答に俺は愕然とした。
「そうなのか……すまない。許してくれ、頼む、この通りだ!」
 俺は深々と頭を下げた。本当なら土下座までするのが誠意かもしれないが、そこまですると今度は麻耶が周りから誤解されかねない。
「頭を上げてくれ。君は、私を守ろうとしてくれたではないか」
 麻耶の不可思議な発言に、俺は眉をしかめる。
 不気味さを覚えながらも、麻耶の顔を確認したくて頭をあげる。
 そこには相変わらずの穏やかな表情。
「こんなところで立ち話をするのは他の客の迷惑だな。ちょっと外で話そう」
 俺が提案すると麻耶は了承してくれた。
 んで、コンビニの脇の日陰になっているスペースで二人してしゃがみ込む。
「俺がお前を助けたというのはどういう意味だろうか?」
 俺に質問に、今度は麻耶が不思議そうな顔をする。
「何を言っている? 意味はあのいかにも怪しい箱を発見したから、私に関わらないように警告してくれたじゃないか」
 麻耶の言い分に、俺は昨日の自分の台詞を思い出してみる。
 すなわち――。

『お前には下がっててもらおうか! これは俺が見つけたんだ。中身の確認は俺が行う!』

 ――なるほど。不審物を発見した俺が、我が身を盾にして麻耶を守ろうとしたように聞こえんでもない。
 奇跡キタコレ!
 俺は必死になって悪い笑みを咬み殺す。
 そしてあまつさえ言うのだ。
「ま、まあな。流石にあんな怪しいものを女の子に手渡すわけにはいかないからな」
 つくづく思う。俺、サイテーだな。
 ただ、俺にとって予想外だったのは、麻耶の善意なわけで。
「ありがとう。その気持ちだけ嬉しいよ」
 グサリ。
 麻耶の感謝の言葉は破魔の曙光。小悪党な俺の罪悪感をものの見事にえぐっていく。
「と、ところであのウィルスを仕掛けた犯人はわかったのか?」
 強引な話題転換でもしないと、俺の心が光に解けてしまう。
「わからないな。私も地味に敵は多い。なにせ闘技場百連覇の猛者だ。私に負けた連中の中に、私を恨んでいる者がいても不思議ではない。加えて『星空日記』の公開鍵は基本的に入手が簡単な代物だ」
 麻耶の説明は俺にも腑に落ちた。俺とて闘技場での一件で、麻耶を逆恨みしていないといえば嘘になる。
「お前は闘技場での百連覇にどんな願いを込めていたんだ? いわく、何でも願いを叶えてくれるアイテムを探していたらしいが……」
 実はこれ、麻耶が俺を巻き込んだ目的を聞いたときからの疑問だった。ただ、突拍子もない思考回路の麻耶から、超絶理不尽な要求が出たら堪ったものではないから今までは聞かなかった。
 でも、あんな事件が起こった以上、もっと深く彼女の事情を知るべきなのかもしれない。
「私は……もう一度だけ両親に会いたい」
 笑っているとも嘆いているとも判然としない表情の麻耶。
「……一体、お前のご両親は、どこで何をしているんだ?」
 底知れない不安を覚えながら、俺はつっこんだ質問をした。してしまった。
「私の両親は……星になった」
 麻耶は笑った。けれど、それが俺には痛々しかった。
 麻耶の言葉は嵐となって、俺の中で渦巻いた。
 どんなときでも、目を輝かせ、希望を謳っていた少女の哀惜。
 真夏のじっとりとした、嫌な熱風が吹いた。
「父は私が幼い頃に事業で失敗してな。莫大な借金を背負うことになった。そのせいで心身ともに壊れていってな。挙げ句の果てに一家心中を企てた」
 麻耶はあくまで空を見上げている。そこにあるのは俯いてなるものかという不退転の決意。
 俺が何も言えないでいると、麻耶は続ける。
「父は母と私を刺した挙句、家に火をつけた。しかし、私だけは運良く救助と治療が間に合い、こうしてのうのうと生き延びている」
 凄絶にすぎる麻耶の過去。なのに彼女は笑いながらそれを説明する。
 だから俺は思ったんだ。
 麻耶の深淵には、どす黒い絶望が眠っていると。
「もう一度、家族がいたときの幸せを取り戻したいがためのアイテム探し。そういうことだったのか?」
 俺が聞く。
「そんな大それた野望は抱いていないよ。ただ、私はもう一度、両親に会いたかった。自分は絶望なんてものに屈さずに、ここまで成長したことを見せてやりたかった。それだけだよ」
 麻耶の見上げる空は、吸い込まれるほどに青く、蒼く、忌々しいまでの清々しさだった。
「すまない麻耶、何度も言うけれど、俺は何でも願いを叶えてくれるアイテムなんて本当は……」
「知っているよ。君には、闘技場百連覇の末に現れる隠れキャラなんて大層な役を演じられるとは思えない。言っては悪いが、君はどこにでもいる、単なる小悪党だ」
 麻耶の笑みが性悪なものへと変化した。
「だったら……どうしてお前は俺を今まで散々振り回した?」
「希望を信じて何が悪い? 私は願いを叶えたいがために闘技場で戦ってきた。希望を失っては……星を見ることをやめてしまっては、私はどうすればいいというんだ!」
 麻耶の眼に星は宿っていなかった。まるで、星のない夜空の寂寥感。
 わかった。俺が金の亡者であるように、こいつは希望の亡者だったのだ。
 こんな化物を相手にしては、さっさと逃走するのが上策だ。
 だけど、俺は、
「泣けばいいじゃん。上を向いて歩くだけが人生じゃない」
 さらりと、今の麻耶に一番言ってはいけないであろうことを告げていた。
 もし、これで麻耶の心が折れたら……そのときは、ざまあみろとせせら笑ってやる。
 その八つ当たりを受けて、俺の身が破滅しても構うものか。
 俺はこれまで振り回された鬱憤を、存分に晴らすことを心に決めた。
「これは俺の持論だが、人は皆、資産除去債務を抱えていると思うんだ」
 金の話に疎いであろう麻耶にはちんぷんかんぷんであろう専門用語。
 案の定、麻耶は理解不能そうな顔。これまで散々、星に関する妄言を垂れ流してきた麻耶にそんな顔をされたら、もう愉快痛快だ。
 畳み掛けるように、俺は続ける。
「例えばさ、期限付きで借りた土地に建物をこしらえたとしよう。その場合、建物自体は自分の資産だけど、その建物は期限以内に撤去しなきゃいけない負債でもある。こういった資産を取り払わなくてはいけない義務のことを資産除去債務というんだ」
「ほ、ほう、それで?」
 いきなりな俺の解説に、麻耶は若干引き気味だ。
「人生だってそんなもんだろう? 人は金や情報や縁といった資産を蓄えるために生きている。けれど人に与えられた時間は有限だ。考えてみれば酷い話だよな、せっかく資産を築いても、あの世まで持っていけるわけじゃない。これはもう、生きている以上は資産除去債務を背負っているとしか言い様がない。だからさ、何を失っても、ある意味で仕方ないんだよ。だって、どんな資産であっても、本質的には撤去を義務付けられた負債なのだから」
 ンッンー、名言だなこれは。
 自分の言葉に酔いしれながら、俺は麻耶にトドメを指す。
「だからさ、人生は最低で、それを人間に与えたもうた神様ってのは本質的に馬鹿で阿呆で糞で滓で、そしてクズなんだよ。お前は一体、何を人生に期待してたの? ハハハ、マジでウケる」
 本当に最低で最悪だな、俺。
 でも、そんな自分が嫌いではない。
 麻耶に殴られるくらいの覚悟はしていが、予想外に彼女は動かない。
 唯一、空を見上げる姿勢を、大地を見下ろす動作に変えただけ。
「君は、女の子相手にありえない罵声を吐くな。これはもう耐えられるものではない。私は深く傷ついた。だから、私が泣いてしまっても、全部、君のせいだ」
 麻耶は両手を自らの眼にあてた。
 そして、
「やっと……やっと泣ける」
 と言った。

   ◆

「私は、プラネタリウムを廃業すべきなのだろうか?」
 コンビニから学校に向かう途中、麻耶は寂しげに言った。
「ずいぶんと藪から棒だな。というか、お前が弱気とは珍しい」
 うだるような太陽光線の中で、不景気な話は勘弁してほしかった。
「先ほど、君と話していて思ったのだ。私が星の話を人々に語っていたのは、しょせんは自己満足だったのではないかと。本当は、そうしないと自分が潰れてしまいそうなだけだったのではないか――今になってみれば、それだけの話だったのかもと思ったのだ」
 麻耶の弱音に、俺は何も返せない。
『好きにすればいい』と言うのも『やめるべきではない』と言うのも、重すぎる責任が生じそうで怖い。
 というか、これはどっちをとっても彼女を苦しめるだけではなかろうか。
「実はね、『星空日記』で使っていた天体のデータは、プラネタリウムの投影機の中にしか保存していないんだ。バックアップ保存はなしだ。ハハハ、私も存外とズボラだな」
 麻耶の自嘲。そこにいつもの覇気があろうはずもない。
 結局として、優柔不断に回答できないまま。
 保身としては最高だとしても、男としては最低だ。すごくヘコんだ。
 ……俺にもあったんだな、男としてのプライド。
 憂鬱な気持ちを引きずりながら、一日を過ごす破目になった。
 放課後になると、一人俺は下校する。
 麻耶の『星空日記』が休止状態となった以上、アシスタントをする必要もない。
 俺は麻耶に遭遇しないうちに、そそくさと下駄箱へ移動。
 かさかさと、まるで害虫Gのごとき動きは自分でもキモかったと反省せざるを得ない。
 しかも、麻耶に警戒しながらの動きだったから、途中、他の生徒と衝突するなんてありさまだった。
「……きゃっ!」
 ぶつかった生徒は、したたかに尻餅をついていた。
 相手は女子生徒で、その手には目に障がい持つ者が携帯する白い杖。
「って、お前は……千早?」
 つい最近知り合った女子生徒に、俺は目を丸くした。
「その声は、灰里さんですか?」
 千早は立ち上がる。
「ああ、そうだよ。悪かったな、ちょっとよそ見をしてた。んじゃ、俺はこれで――」
「ちょっと待ってください!」
 そそくさと立ち去ろうとする俺を、千早は呼び止める。
「えっと、何か用か?」
「麻耶さんや『星空日記』のことで聞きたいことがあるんです。クラスで噂になってたんですけど、『星空日記』という一般公開空間でウィルス事件があったそうなんです? もしかして、それって麻耶さんの……」
「ああ、そのせいで、麻耶の一般公開空間は現在休止中だ」
「そうなんですか……」
 俺が答えると、千早はがっくりと肩を落とした。
 彼女の落胆の意味がわからず、俺は一瞬考え込んだが、少しして察した。
 千早は麻耶に、プラネタリウムを見せてもらう約束をしていた。
「もしかして、プラネタリウムのこと、楽しみにしてた?」
「はい……とても。でも、ウィルスに感染したんじゃ、どうしょうもないですよね……」
 千早の表情の曇りが、俺の罪悪感をチクチクと刺激する。
 麻耶はウィルス事件の原因は俺にないと勘違いしている。
 けれど、ウィルスの入った箱を不用意に扱わなければ、今回の事件は怒らなかったかもしれない。
 後ろめたい気持ちが、また襲いかかってくる。
「そうだな。麻耶の話では、天体のデータ自体も使用不能みたいだし」
 言いながら、自分のやらかしたことの大きさに押しつぶされそうだ。
 偽りであっても、麻耶にとって星は希望の象徴。それを俺が叩き潰した。
 もしも、金銭的な賠償を求められたら、俺は自己弁護しきれない。
「なら……残念ですけど、麻耶さんには私のことは気にしないで下さいと伝えてもらえませんか」
 それだけ言って、千早は去っていった。
 俺は一人立ち尽くすしかない。
 それもこれも、全てデータのバックアップを怠った麻耶のせいだ……なんて責任転嫁できようはずがない。
 どうにかして、ちょっとくらいの罪滅ぼしがしたい。
 例えそれが、一円の特にならないとしても。
 でも……どうやって?
 麻耶の持っていたデータを復旧させようにも、俺自身、天体に明るくない。それに、彼女がこれまでにどんな公演を行っていたかも事情通ではない。
 それら全ては麻耶だけが知るところだ。
 ……いや、待てよ?
 麻耶の他にも、彼女がこれまでどんな公演をしてきたかを知る人間がいるじゃないか!

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