カムカム・スターダスト/最終話

~カムカム・スターダスト~


 一学期最終日の前日の放課後。
 俺は、闘技場で麻耶を待っていた。
 思い返せば、この闘技場こそが全ての始まりだった。この闘技場で、卑怯なプレイをしたがために、俺は麻耶の奇行に巻き込まれる破目になった。
 俺が麻耶を呼びつけた名目はリベンジマッチ。以前の試合での雪辱を晴らしたいという旨を麻耶には伝えてある。
 麻耶からはすでに了承を取り付けている。闘技場百連覇を達成しても、お目当てのアイテムが得られなかったのだから、彼女に戦う理由はないかもしれない。
 けれど、彼女から返ってきたメッセージには、

 ――『星空日記』の休止を決めて、ちょうど、ワタクシも暇を持て余していたところです。完膚無きまでに叩きのめして差し上げますから覚悟していてください――

 闘魂溢れる内容。
 本気モードの麻耶――というか星辰の騎士に最終的に勝てる見込みは俺にはない。
 しかし、昔の漫画の悪役は言いました。『どんな手を使おうと、勝てばよかろうなのだ!』――と。
 まっこと、至言である。それ以上の摂理がこの世界のどこにあるだろうか。
 闘技場の観客席は、すでに満員御礼。
 皆が皆、固唾を飲んで星辰の騎士を待ちわびている。
 闘技場のゲートが開く。
 そこから現れたのは、レイピアを携えた細身の女性型アバター。
 前人未到の闘技場百連覇を達成したことで名を馳せた星辰の騎士。
 仮面舞踏会を連想させる瀟洒なマスクをしているため、表情までは窺えない。
 けれど、彼女から溢れるオーラは抜き身の刀剣のごとき鋭さ。
 試合が始まった途端に、俺のヒットポイントがごっそりと削られるのは想像するまでもない。
「お待たせしました。この度は、わざわざ挑戦状を送りつけていただき光栄です」
 嫌味ともとれる彼女の発言は、しかし純粋に謝辞なのだろう。
 星辰の騎士は、プラネタリウムの運営という本来喜びを見出す行為を失っている。行き先を失った情熱が、闘争心という形で空回りしている。そんな印象を受けた。
「うむ、前回の試合で俺は貴様に痛い目を合わされたからな。だから今回は絶対に負けんぞ」
 俺の応答。
「ほほう、自信満々ですね。今回はどんな卑怯な手を使うつもりです?」
 ……前回の騙し討を根に持っているのか、星辰の騎士は辛辣な言葉を浴びせてくる。
 俺はたじろがない。
 それどころか、口元を歪ませてみせる。
「残念ながら、今、この闘技場にいる観客たちは、全員俺の協力者だ。ここにいる全員で、貴様に目にもの見せてやる」
 俺の宣言に、星辰の騎士は大慌てで闘技場の観客たちを見渡した。
 目元をマスクで隠したアバターであっても、彼女の表情に驚愕が浮かぶのが見て取れた。
 そんな彼女に俺はトドメの一言を告げた。
「俺は今日、貴様に負けるはずがない! なぜなら貴様とは戦わないのだからな!」
 言うだけ言って、俺はパチンと指を打ち鳴らす。
 すると闘技場を照らしていた光源が一斉にオフになる。
 辺りには漆黒の闇が立ち込める。
「こ、これはどういうことです? まさか暗闇に乗じて奇襲を……!」
 星辰の騎士は叫ぶが、俺は無視。
 そして、全観客に向けて言う。

「作戦名【来い来い、星屑ども(カムカム・スターダスト)】――スタートッ!」

 その瞬間、底なしに暗かった闘技場の天蓋に、徐々に、徐々にと仄かな光が点っていく。
 点でしかない光。しかし、それらが無数に集まっていく。
「これは……星空?」
 星明かりに照らされた星辰の騎士が、呆然と空を仰いでいるのが目に映った。
「星だけじゃないよ、星辰の騎士。こんなのも用意している」
 観客席から声がした。
 声は月暈満月――アバター名でいえば銀狐のものだ。
 銀狐の演算にしたがい、夜空には煌々と輝く満月の姿。
「ちょいと地味だが、こんなのはどうだ?」
 億劫そうな男の声がした。
 それは神社を模した一般公開空間の主、刀夜のものだった。
 彼の言うと、天に惑星とも小惑星とも取れる孤独な星――冥王星の姿が現れる。
「LC的には、こんな星を知っています」
 女性アバター――LCが言うと、暗闇の中にいくつもの小惑星のホログラムが舞い踊る。
「さあ、仮面をつけた銀の騎士よ。存分に、貴様の物語を紡ぎあげるがいい!」
 中二病じみた台詞回しで、マッドハッターが告げた。その瞬間に、観客が一斉に沸き立つ。
 そして闘技場のゲートが再び開く。
 場内に一人の女性型アバターが入ってくる。
「この格好では初めまして。私は無灯芽々といいます」
 小柄で、髪の色は濃紺、目の色は橙がかった茶色。若干ちぐはぐなコーディネートの衣装。
 リアルとは相違点もあるが、身にまとった印象から、それが千早芽留のアバターであると星辰の騎士も気づくだろう。
「君は……」
 星辰の騎士は呆然とするしかない。
 けれど構わず無灯芽々は言う。
「私、星を見るのを本当に楽しみにしていたんですよ? だから――語ってください! アナタの星の物語を!」
 無灯芽々に言われてなお、星辰の騎士は状況をつかめていない様子だった。
「こ、これは一体どういうことなんです? そもそも、どうしてワタクシのプラネタリウムで使った星のデータが復旧できているのです?」
 唖然としながら、星辰の騎士は天を仰ぐ。
 仕方ないので、俺は彼女にタネ明かしすることにした。
「ここに集まった星のデータは、確かに貴様の作ったものだ」
「で、ですが、投影機のデータはウィルスに感染して使い物にならないはず。どうして……?」
「そんなのは簡単だ。貴様のプラネタリウム公演を見学した者は大勢いる。しかも、公演の内容は基本的には撮影可能。となれば、みんなが持っているデータを、ちょっとずつでもつなぎ合わせれば、貴様の星空を再現するなど造作もない!」
 俺の説明に、星辰の騎士はポカンと口を開いていた。
「じゃ、じゃあ、この闘技場に集まった観客は……」
「貴様の考えているとおり、かつて『星空日記』を訪れたことのある人々だ」
 とか、俺は偉そうに言うが、今回の企画で本当に骨を折ってくれたのは、俺以外の人々だ。
 闘技場を使えるように手配してくれた銀狐は言わずもがな。加えて、刀夜、マッドハッター、LCには、参加者を募集するためにクチコミ情報を拡散してもらった。
 ネット世界だからできた荒業だ。
 そんな回りくどいことをしたのは、千早芽留というリアルでは盲目である少女のため。リアルで星が見えないならば、仮想空間で星を見せてやるという麻耶の約束がなかったことになるのは、あまりに寂しいではないか。
 加えて言うなら、麻耶のためでもある。
 星の物語を紡ぎ上げるのは彼女にとってのライフワークなのだ。それをやめてしまったら、彼女は絶対に燃え尽き症候群に陥る。
 それを見越して、俺は今回の企画を立てたのだ。
 俺ってば太っ腹!
 ……この企画を通して、黄金戦鬼の評判が多少回復すればいいなあという打算も、ちょっとはあるけどね。
「さあ、星辰の騎士、ここからはお前の仕事だ! 存分に、好きなだけ星の物語を紡ぎあげるがいい!」
 俺が発破をかけると、星辰の騎士は穏やかに微笑み、そして語った――。

   ◆

 かくして、俺と麻耶を巡る物語は、ひとまずのピリオドを迎えた。
 もっとも、ピリオドといっても極めて暫定的。俺と麻耶の腐れ縁的な交流は続いていくのだろう。
 闘技場での星空鑑賞会の翌日は、一学期の終業式。
 時代錯誤な学園ドラマもまた、一ヶ月半の長期休業に入る。
 授業後に、俺は麻耶によって図書館の談話室に呼び出しをくらっていた。
 ウィルス事件でのやましさが払拭できていない俺は、とりあえず彼女の申し出に応じていた。
 談話室に入ると、そこには既に麻耶がいた。いたのは彼女一人だけ。
「よくぞ参られた! 黄金戦鬼!」
 彼女は仰々しく言ってくる。
「あの、なんだ。悪いがリアルでその名前を呼ぶのはやめてくれないか? ……自分で名づけておいてなんだが……ちょっと恥ずかしい」
 そう、灰里公太という人間と黄金戦鬼というキャラは別人なのだ。そこら辺の線引きはきっちりさせておきたい。
「ふむ、そういうものかね? では、これからは公太と呼んで構わないかね?」
「構わないよ。んで、どんな用事だよ、麻耶?」
「ぐぬぬ、私は公太を下の名前で読んでいるのに、公太は私を苗字で呼ぶのかね? 不公平だ! 格差の是正を要求する!」
 麻耶の突拍子もない抗議。
「じゃ、じゃあ、なんだ……魅影は俺に何の用だよ?」
 うわ、恥ずかしい! 同い年の女の子を下の名前で呼び捨てにするって、甘酸っぱすぎる。
 口の中に、甘味料と柑橘類を同時にぶっ込まれたようなもどかしさだ。
 しかも、気のせいか彼女は彼女で顔を赤らめている気が……否、否である! これは錯覚に違いない! 年齢と彼女いない歴がイコールな男子高校生の自意識が見せる幻影だ。
 無理矢理に自分に言い聞かせて心の平穏を図る。
「じ、実はな、公太とデートがしたいのだ」
 麻耶のいきなりの申し出に、俺は多分、キュビスムのエッセンス溢れるピカソの絵画みたいな顔になっていたと思う。
「えーっと、お前さん、気は確かか?」
「も……もちろんだとも! 私は是非、このイベントに参加したいのだ!」
 そう言って、麻耶は【HERMES】を操作して、空中ディスプレイを展開。
 現れたのは、【ミダス・プロフェット】という仮想空間のホームページ。
【ミダス・プロフェット】は金融街として名を馳せている。俺も何度か足を踏み入れたことがある。常に夜なのに、空には星も月もない、ありていにいって訪れる者に不安を抱かせる空間だった。
「魅影が金融に興味を持つとは考え難いな。何を目論んでいる?」
「ふふふ、ここをよく見てみろ」
 麻耶はホームページの一部を拡大。
 そこには『夜空のドメインを、闘技場の景品として出品しました』とある。
 奇っ怪なタイトルの記事。
 詳細をまとめると、現在は何もない金融街の夜空を大々的に広告スペースとして使用すること認めるという旨であった。
 そして、広告スペースとしての空を使う権利は、闘技場で最後まで勝ち残ったものに与えるとか。
 しかも、その際に行われる試合形式はタッグマッチ。つまり二人一組での参加……。
 俺はすぐさま、危険な未来を予知し、部屋からの脱出を試みる。しかし、一つしかない扉の前には麻耶が立ちふさがっている。
 いわゆる、ゲームオーバーというやつである。
「ふふふ、逃がすものか! 公太は私と夏休みを過ごす運命にある! これは絶対に絶対だ!」
 麻耶の鉄壁のディフェンスを崩せない俺。
「ひ、卑怯な……」
 俺が歯噛みしていると、麻耶はちょっとだけ俯いて、
「……ダメ?」
 まるで迷子の小犬のごとき、寂しげな上目遣いで俺を見やる。
 ――決着!
 麻耶は言動こそエキセントリックだが、地は美少女。そんな仕草をされて、耐えられる青少年がいるものかよ!
 結局、俺は夜空のドメインをかけてのタッグマッチに麻耶と登録。
「ハラショー!」
 すっかりご満悦の麻耶。一方で俺は生気をすっかり搾り取られていた。
「んで、麻耶は金融街の空を使ってなにをするつもりだよ?」
 一応の質問。けれど、答えなんて決まっている。
「無論、星のない空ならば、そこに星を飾ってみせるのだ。それが星辰の騎士の存在意義だ」
 これが漫画なら、バックに『キリッ!』なんて文字を背負っていそうな麻耶。
 まあ、星のデータ自体は、昨日、闘技場に来てくれた人たちのものを使えばすぐに完成するだろう。
 加えて、彼女は闘技場百連覇を達成した女傑。
 結論、夏休みの間には、金融街の夜空を麻耶の星が飾っていることでしょう。
 ……俺が足を引っ張らないかだけが問題だが。
「よし、そうと決まれば、黄金戦鬼の戦闘力の強化だ! ビシバシと鍛えてア・ゲ・ル☆」
 すっかりノリノリの麻耶に俺は白目を剥かざるを得ない。
 でも、誰かと過ごす夏休みに少しワクワクしている自分もいるわけで……。
「へいへい、精々、お手柔らかに」
 まあ、麻耶に素直な気持ちを晒すのはちょいと癪だ。俺は、さも興味がなさそうに演じてみせる。
「そうだ、話は変わるが、昨日闘技場の観客に来ていた者の友達の友達が、どうやら豪流殿斉彬を目撃したそうだ! 夏休みを通してこの謎を追いかけてみよう! あと、千早芽留ホメロス化計画を本格的に指導していきたいな! それから――」
 などなど、麻耶は無邪気にはしゃぎながら、脈絡のない妄想を垂れ流す。
 まったく、今年の夏休みは退屈しそうにないな。一円の得にもなりそうにないが、青春時代の思い出はプライスレスとか自分に言い聞かせておこう。

【カムカム・スターダスト】了

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